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『ヘル・レイザー』

2006年11月29日
20061129211050.jpg  殿堂入り決定


ついに観ましたよ。  『ヘル・レイザー』
ええ、観ちまいましたよ。
中学生の時に愛読していた“ロードショー”で、初めてその存在を知ってから約20年。
観たいけどなんか怖そう・・と二の足を踏み続けてきたピンヘッドに、やっとご対面する事が出来たこの感動は、例えて言うなら長年の文通相手にやっと巡り逢えた。そんな感じでしょうか。

思えば、当時から想いを寄せ続けてきた『死霊のはらわた』『悪魔のいけにえ』そして『ヘル・レイザー』などの(ホラー史に輝く)名作を、この歳になって次々と鑑賞出来たというのは、「怖いものが無くなった」と言うのか「神経が図太くなった」と言うべきか・・・。
このままで行くと、そのうちルチオ・フルチにまで手を出しそうな自分が、ちょっと不安です。
(というか世帯主さまに愛想を尽かされそうで怖いです)

さて、そんな万感の想いと共に鑑賞した『ヘル・レイザー』のあらすじは・・
フランクという男が、極限の快楽を得られるという奇妙なパズル・ボックスを手に入れた直後に失踪します。
彼が住んでいた家に、フランクの兄・ラリーとその妻・ジュリアが引っ越してくるのですが、偶然床に零れた血で、フランクの肉体が復活してしまいます。
実は、以前フランクと愛人関係にあったジュリアは、フランクに言われるがまま、彼の復活の手助けをする事に・・。
フランク復活の為、夫の留守中に次々男を誘い込んでは殺害し、フランクに捧げていたジュリア。
しかし、ラリーの娘(ジュリアの継娘)・カースティが、その現場を目撃しまいます。

迫り来るフランクとジュリアから、命からがら逃げ出したカースティは、その際たまたまフランクが大事そうに持っていたパズル・ボックスを持ち出します。
そのパズル・ボックスを、暇つぶしにいじくっていたカースティ。
その時突然、パズル・ボックスが光を放ち、カースティの前に現れたのは、奇妙なボンテージファッションに身を包んだ、“修道士”たち。
謎の“修道士”たちに、危うく強制SMされかけたカースティは、とっさに叔父・フランクの名前を出します。
実は“修道士”から逃げようとしていたフランクだったので、“修道士”たちはカースティと共にフランクの家に駆けつけます。
そんな事も知らずに、ラリーをも犠牲にしたフランクとジュリアでしたが、そこにカースティが“修道士”と共に現れます。
フランクは再び“修道士”に捕まり、手厳しいお仕置きを受ける事になり、全てが終わったと油断していたカースティもまた、いきおいに乗った“修道士”たちに「ご褒美と言う名のSM」を執拗に迫られます。

危機を察して駆けつけてくれたボ-イフレンドと共に、パズル・ボックスを適当にいじってみたカースティ。
すると、それが功を制して“修道士”たちは異次元の彼方に消え去り、カースティたちは何とか事なきを得るのでした。


この時代に、よくもここまで表現できたなぁ・・と感心してしまう程の、特撮技術は圧巻の一言。
特にフランクの復活シーンは、凄まじいほどの気持ち悪さで、尚且つ創意工夫が感じられる素晴らしい出来栄えです。
無駄の無い演出、グロテスクな“修道士”たちの造形、リアルな演技、どれをとっても完成度が高い事高い事・・!

しかし、ストーリーはと言うと、・・なんと言うか・・一言で言うと
ものすごく女性が頑張らされる映画
だったのでした。

一目逢った時から、フランクの虜でした。
婚約者の弟である彼に、今まで出会った事の無い危険な魅力を感じ、全てを捧げてもいいと思っていたんです。
彼が私の前から姿を消しても、彼の事を忘れた事なんてありませんでした。
・・・それが・・あんな姿になって現れるなんて・・!

皮膚が無いんです。皮膚が。
骨も筋肉もあるのに、皮だけ無いです!
彼は「究極の快楽が・・」とか「修道士が・・」とか言っていましたが、詳しくは聞いていないので良く判りません。
でも、「俺を助けられるのはお前だけだ!」って言われちゃったんで・・。
弱いんですよね・・ 女ってその言葉に・・。
で、彼に言われた通り人殺しに手を染めたんですけど・・。
一人殺せば・・あっ、シャツを着られたのね!人らしくなったわ!
二人殺せば・・あっ、ジャケットも羽織ったのね!男っぷりが増したわ!


 って、やっぱ皮膚無いじゃん!!

話が違うんです。
あと1・2人って言ってたのに・・。
殺せど殺せど復活しない、彼の皮膚。
それに彼ったら、殺すの全然手伝ってくれないし・・。
夫にバレたらコトなのに、じっと隠れもせずにウロチョロするし・・。
ホントにもう、疲れました・・私・・・。
」(ジュリア談)

前々から継母の事は嫌いだったんですよ。
それが、引越ししてから益々挙動不審になって、「やっぱアイツヤバイなー」って思って。
で、パパの留守中にこっそり覗きに行ったら、男連れ込んでんじゃないですか!
もうチョームカついちゃって!
で、話し声がするんで屋根裏に上がってみたら、なんか皮膚がない男とつるんでるんですよ!
さすがにチョットひいちゃいましたよ。
そしたらその皮ナシ男が、私の叔父さんだって言うじゃないですか!
ハァ? フランク? 知らないっつーの!!
ムカつくんで、皮ナシが大事そうにしてた箱を持ってっちゃったんですけど、ちょこっと触っただけなのに中から変な怪物が出てきて、ムチャクチャ追いかけて来たんですよ。
で、やっとの事でその怪物から逃げたと思ったら、今度はサムい恰好の奴らが出てきて、「痛いのは気持ちいいんだよ~」

って、イタイのはお前ら自身だっつーの!

なんか、そいつらが皮ナシの保護者みたいだったんで、家に連れて帰って皮ナシを何とかして貰おうと思ったんですよ。
なのに、こいつら、あたしが皮ナシと格闘してんのに見てるだけ!
しかも隠れてコッソリ見てんですよ!
ナニそれ!?
何の為につるんでんの?
チョー疲れるんですけど!
」(カースティ談)

カースティが、若干ガングロたまごちゃん調なのはあくまで私目線ですのであしからず。

“修道士”が予想を遥かに下回る非・活躍っぷりだったのが、少し残念でしたが、きっとこれは次回作(や、そのまた次回作)への橋渡しに過ぎないでしょうね。
もう、この踏み出してしまった足を引き戻す事など、出来るはずもありません・・・。
って、言うか“修道士”がもっと見たいっつーの!
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『カビリアの夜』

2006年11月27日
20061127210215.jpg  1957年 イタリア作品


※ 今回のレビューは、過去に無いほど長文になっておりますので、くれぐれもお気をつけ下さい ※


イタリアの巨匠、フェデリコ・フェリーニの最高傑作 『カビリアの夜』 です。

『8 1/2』や『甘い生活』など、とっつきにくい印象があるフェリーニですが、この『カビリアの夜』は『道』に並ぶ判り易さですので、どなたでも安心して観られると思います。
かく言う私も、初めて観た時から完全に心を掴まれて、心のベストテンに常に輝く大好きな一本となっていて、落ち込んだ時はつい観たくなるのです。

ローマで娼婦を生業としているカビリアは、少々気性は激しいですが、根は純粋で優しい心の持ち主です。
自分の職業にもプライドを持っており、自堕落な生活を送る娼婦と違い、自分で一軒家を持ち、ローンをもうすぐ払い終わるのが何よりも自慢でした。
しかし、プライドはあるものの、“娼婦”である事の将来性には、何の希望も見出せないのも事実。
男に引っ掛かり、お金を騙し取られる事も珍しい事ではありませんでした。

ある日、カビリアは普段と違うシマに出掛けます。
そこは少し高級な娼婦が立つ場所。
華々しく着飾った娼婦たちに、冷たい眼で見られながらも、いつもと違う何かを期待しながら立っていると、偶然にも映画スターに声を掛けられます。

自分の生活からは、想像も出来ないほどの格の違う世界に、目を輝かせるカビリア。
いつもなら間違っても入れないような高級レストランで、いつもなら見下される筈の給仕にかしずかれ、カビリアは夢心地です。
彼の豪邸に連れてゆかれ、口にした事も無いような豪華な料理を出されるカビリア。
嬉しさの余り、涙が止められないカビリアでしたが、彼女の夢のような体験は、いきなり打ち切られる事になります。
映画スターの別れた筈の恋人が、急に戻って来たのです。

バスルームに追いやられ、息を殺すしかないカビリア。
結局、冷え冷えとしたバスルームで一夜を過ごし、自分が寝るはずだった上等なベッドに横たわる美しい恋人を横目で見ながら、屋敷から追い出されるのでした。

そんな時、カビリアは一人の男性がホームレスの人々に施しをして廻る所に遭遇します。
何の見返りも求めない、純粋な心に打たれ、カビリアは何かを感じるのでした。
丁度その頃、彼女の仲間たちが聖母マリア寺院に参拝する事になり、カビリアも救いを求めて巡礼に出掛けます。
大勢の貧しい人たちが押し寄せる参道。
皆が口々にマリアの名を叫び、失神する者まで出る始末。
しかし、いくら聖母マリアの名を呼んだ所で奇跡など起こる筈も無く、カビリアが味わったのは苦い失望だけだったのでした。

厳しい現実を乗り越えてゆくだけの毎日。
そんなカビリアは、フラリと立ち寄った劇場でオスカーという男性に声を掛けられます。
会計士をしているというオスカーは、警戒心から心を開かないカビリアにひたすら尽くし、自分の想いをぶつけます。
始めはオスカーの言葉を疑ってかかっていたカビリアでしたが、所詮寂しい女です。
何度もデートを重ねるうちに、オスカーに心を開き、自分の職業すらも受け入れてくれたオスカーのプロポーズを受ける事にします。

過去の自分を捨て去り、オスカーと共に新しい人生を歩む決意をしたカビリアは、必死の思いで手に入れた我が家や家財道具も全部売り払い、心配してくれていた親友に別れを告げ、全財産を手にオスカーのもとに駆けつけます。
自分の人生に初めて訪れた幸せを、心から噛み締めるカビリア。
しかし、そんな彼女を見つめるオスカーの眼差しは、今までの彼とは違っていました。

オスカーもまた、今までの汚い男たちと同じ、彼女のお金だけが目当てだったのです。
全てを悟り、立っている事もままならなくなったカビリアは、地面に突っ伏し、オスカーに懇願します。
「私を殺して! もうこんな人生生きていたくない!」
しかし、そんなカビリアに最後の引導を渡す勇気も無く、お金を奪って逃げるだけのオスカー。

何もかも失い、ただ呆然と立ち上がり、歩き始めるカビリア。
行くあても無く、“それが本能だから”と言うだけで足を進める彼女の周りには、いつの間にかたまたまそこに居合わせた若い男女たちが、陽気な音楽でカーニバルを始めていました。
何の事情も知らない彼らは、カビリアの側を踊りながら横切り、彼女に笑顔で歌いかけます。

そしていつしかカビリアは、そんな彼らに微笑み返しているのでした。


まだまだ続くレビューの続き。
勇気のある方は ↓↓ こちらをどうぞ。
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『ターミナル』

2006年11月26日
こんな世知辛い世の中だから。
たまにはこんな作品もいいかもしれません・・・。
心に響く、声がある。 心に沁みる、唄がある。
年の瀬の迫ったこの夜に、想いを込めて唄っていただきましょう!


トム・ハンクスさんで、『幸せ空港音頭』!

音頭 かよ!!!

紅白に出てくる北島三郎並みに、スピルバーグ作品に当然の如く登場するトム・ハンクス
たとえそれが、トムが演らなくてもいいであろう作品だとしても・・・。
たとえそれが、オスカー狙いには程遠い作品だとしても・・・。

いえ、トムを責めるつもりは毛頭ありません。
もう片方のトム(新婚)は、何らかのきな臭さを感じる“いい人っぽさ”がチャームポイントですが、こちらのトムは100%天然の物だとわかる“いい人オーラ”を放っているからです。
その脚本選びに「打算」と言う文字は無く、「スピルバーグは友達だから」とか「なんか面白そうだから」と言う純粋な心意気のみで、出演作を決めているのが明白だからです。
さすがは、ハリウッドの良心・トム。
トムがいる限り、ハリウッドのクリエーター達はその誇りを保ち続けられる事でしょう。


これぐらい書いておけば、何かの拍子にトムから付け届けが貰えるかもしれません。

さて、そんなMr.安全パイなトム・ハンクスのヒューマン・コメディ 『ターミナル』 を鑑賞した訳なのですが、映画の内容も全く持って安全パイ。
悪人も出て来なければ、毒も無い、ロケも(あんまり)無ければ、現実味も無い、ナイナイ尽くしで感動も心にあまり残らない、毒にも薬にもならない作品だったのでした。

あらすじは、
亡き父との最後の約束を果たす為、クラコウジア国からアメリカにやって来たナボルスキーさん。
しかし、入国審査を受けていたまさにその時、祖国ではクーデターが起こり国は消滅。
パスポートは無効になってしまい、祖国には帰れない、アメリカにも入国出来ない、まことに中途半端な存在になってしまったのです。

空港警備局から、
「上からなんか言ってきたら教えてあげるから、YOU、空港内で待ってなよ!」 (アガサによる超訳)
と言われたナボルスキーさんは、言葉も通じない、お金も使えない中、何とか知恵を絞り空港内でのサバイバル生活に挑む事になります。
カート整理で小銭を稼ぎ、空港従業員間の恋のキューピッドをこなす事で食料をゲットし、特技の大工仕事では親方に認められ、素敵なスッチーのアメリアといい仲にもなり、まさに順風満帆なナボルスキーさん。

でも、空港ですから。 そこ。

徐々に、空港には欠かせないようなポジションに成り上がってゆくナボルスキーさんを見ていて、面白くないのは空港警備局主任のディクソンさんです。
ナボルスキーさんを何とか厄介払いをしようと、何度空港の外に誘導する計画を立てても、頭が弱いのか計算づくなのか、頑として空港から出ようとしないのです。
空港から一歩出てくれさえすれば、空港警備局の管轄外になるので、ナボルスキーさんの事で頭を悩ませなくてすむのですが・・・。

困ったディクソンさんが最後の切り札として使ったのは、ナボルスキーさんが想いを寄せるアメリアさんでした。
「あいつ、ホントはただの浮浪者だぜ。」 (アガサによる超訳)
浮浪者と言ったかどうかは定かではありませんが、とにかくアメリアさんは、まさかナボルスキーさんがいい年してフリーターだとは思ってもいませんでしたので、怒り心頭です。

不倫不倫で婚期を逃してきた自分を、やっと貰ってくれるナイスミドルが現れたと思っていたのに・・・。

「ちょっとアンタ! どうゆう事よ!」 (アガサによる超訳)
と、鬼の形相で詰め寄るアメリアさん。
そんなアメリアさんに、ナボルスキーさんは自分がアメリカに渡って来た理由を話し始めるのでした・・・。

ナボルスキーさんの渡米の理由とは・・・?
亡き父親との約束とは・・?


かなり大胆な解釈であらすじを書きましたが、あくまで私アガサ目線ですので、あしからず。
作品はもっと上品で、空港に投げ込まれたナボルスキーさんと言う純粋な存在が人々の心を解きほぐし、そこに優しさの輪が広がり、小さな幸せで空港が満たされて行きます。

作中で一番の小悪党として描かれているディクソンさんも、ただの出世命のゴマスリ男ではなく、純粋に“空港内の秩序を保ちたい”という熱意溢れる仕事マン(かなり出来る男)だと言うエピソードが盛り込まれている為、憎しみよりは親しみが湧きます。

9.11以来、隣人を疑い、他民族を疑い、国の指導者さえ信じる事が出来なくなったアメリカ。
多人種がごった煮状態の“空港”という狭いコミュニティは、そんなアメリカの縮小版といったところでしょうか。
疑心暗鬼のアメリカ(空港内)が、得体の知れない(言葉も通じない)よそ者を受け入れ、触れ合う事で寛容な気持ちを取り戻すこの物語は、あくまでファンタジーではありますが、「こうありたい」と言う作り手のメッセージがたっぷり詰まっているような気がします。

さすがは、ハリウッドの良心・トムが一枚かんでいるだけの事はあります。

でも、トムでなくても良かったのにね。

帰る国を失ったナボルスキーさんは、100%異邦人。
な筈ですが、トムが演じている以上、それはトム・ハンクスなのです。
オスカー2度受賞の経歴が、こんな所で足を引っ張ろうとは・・。
演技は確かですが、異邦人には見えません。

トムよりも無名で地味な俳優さんが演じていたら、もう少しは説得力が増したのではないでしょうか。
本当はもっと心を打っていい物語だと思いますが、スピルバーグ×トム・ハンクスという看板が眩しすぎて、えらく薄っぺらい作品になってしまったのは、残念と言うか、もったいない事ですね。

あと、アメリア役のキャサリン・ゼタ=ジョーンズは、相変わらず場を一瞬にして我が物にしてしまうスーパーオーラを放っていました。
あいつはカレーパウダーのような存在ですね。
他の味を、一瞬にして消し去ってしまうキャサリン。

こわい子・・・!(by姫川歌子)
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『ブラザーズ・グリム』

2006年11月25日
「お婆ちゃん? 俺だよ、オレオレ。」
「まぁ、タカシかい? 久しぶりだねぇ、どうしたんだい?」
「それがさぁ、困ってんだよ。車でヤクザをはねちゃってさぁ。50万で示談にしてくれるって言うんだけど・・」
「まぁ、それは大変だったねぇ。50万で何とかなるのかい?」
「いいの?お婆ちゃん?! ありがとう!これで俺助かるよ!」


そうして、フジ(86歳)は、年金の全てを失う事になったのでした・・・。

大まかに言うとそう言う映画です。

うそです。
それはさすがに嘘ですが、『ブラザーズ・グリム』の冒頭でグリム兄弟が人生を狂わされる原因になっているのも、まさにこの様な切ない騙しのテクだったのです。

「このそら豆はねぇ、魔法のそら豆なんだよ~。これさえ蒔けば大金がガッポガポだよ~」
そう言われて、有り金全部つぎ込むバカがどこに居ますか?
ここに居たんですねぇ。
20061124211558.jpg←ここ


幼い頃、ファンタジーテイストのマルチ商法に会い、全財産はおろか家族まで失ってしまったグリム兄弟。
今ではその辛い体験を生かして、逆に純真な田舎の人たちを騙す、極悪非道な詐欺集団に身をやつしていました。

その土地土地に伝わる民間伝承を上手く利用し、身内に悪鬼役をやらせては、それをやっつけたフリをして報奨金をせしめていたグリム兄弟。
しかし、そんなヤラセがついに発覚し、フランス軍の将軍デラトンベに追い詰められた二人は、連続少女失踪事件が勃発している、とある村に派遣される事になります。

今までのように、上手く小芝居を打ってずらかろうとする兄ウィル。
しかし、その村で起こっていた事件にまつわる伝説は、ただの噂話ではなかったのです・・・。

果たして消えた少女達の行方は・・・?
そしてグリム兄弟は、もう一度夢と希望を取り戻す事が出来るのでしょうか・・?


衝撃的なジョニー・デップの姿が忘れられない 『ラスベガスをやっつけろ』 から7年。
やっとお目見えした、テリー・ギリアム監督の作品は、とっても素敵なファンタジー巨編だったのでした。

グリム兄弟の子孫がもし今も御存命なら、訴訟必至の設定で幕を開ける今作ですが、終わってみると結局シッポの先までファンタジーまみれでしたので、何とか示談で済みそうです。

赤ずきんちゃん、ヘンゼルとグレーテル、ラプンツェル、眠れる森の美女などなど、お馴染みの物から「このフレーズどこかで聞いた事が・・」位の物まで、御伽噺をチョコチョコと混入させたストーリーは、雰囲気バッチリ・波乱万丈の冒険活劇に仕上がっています。

ギリアム色満載な、動き回る森のシーンも素敵ですし、出てくる村の小汚さも完璧。
意外と違和感なく“女好き”を演じていたマット・デイモン、
頭皮の問題が色濃く映し出されていたヒース・レジャー、
話の通じない無骨なわからず屋(でも実はいい奴)を演じさせたら世界一のピーター・ストーメア、
『ブラジル』でやられた拷問を、今度は思う存分やり返すジョナサン・プライスなど、俳優陣も魅力的です。

しかしなんと言っても、この作品を全てかっさらって行ったのは
イタリアの至宝 モニカ・ベルッチの前代未聞のブリッコ演技なのでした。

森の奥にそびえ立つ高い高い塔の上で、ひたすら復活を目指す魔女。
元ラプンツェル、元白雪姫の義母・・、呼び名は何でもよろしいでしょう。
命を封印され、カラッカラのミイラと化したそのボディを、何とか元のナイスバディに戻したい・・
そしてもう一度ブイブイ言わせたい・・


その一心でやって参りました!!

ただし彼女が手助け願うのは、
たかの友梨ビューティクリニックの皺が無い肌が気持ち悪い院長では無く、
藤原紀香の髪型を手懸けたカリスマ美容師でもなく、
高島礼子の服を選んでいる人気スタイリストでもなく、
ただの真面目な狩人だったのでした。

腐っても鯛。
皺くちゃでもモニカ。
イタリアの至宝を、ナメたらいかんぜよ!

高島礼子の余波で、あらぬ方向に向かいそうになてしまいましたが、要はモニカの秘儀で男どもはメロメロな訳です。
それでいいのだと思います。
だってもうなんか、モニカに賭ける情熱が他と明らかに違うんだもの。
普段接しなれない過剰なフェロモンに触れて、ポワーンとなったか?テリー・ギリアム。

絢爛豪華な衣装と宝飾品に包まれて、ミイラメイクも余裕でこなすモニカ・ベルッチ。

他の女優どもとは、ランクが違いすぎます。

普通ですと、しなを作っていようものなら張り倒される位の年齢でしょうが、彼女のブリッコは色んなモノを全て凌駕してしまう、有無を言わさぬ迫力を持っていました。

圧巻です・・・。

もう、モニカのブリッコ演技には、シャッポを脱ぐしかありません。
こんなモニカに太刀打ちできる女優は・・・

・・・キャサリン・ゼタ=ジョーンズくらいしか思いつきませんね。

とにかく、そんなモニカにひれ伏した一本でした。
もうお腹いっぱいです。
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『SAW Ⅲ』

2006年11月19日
saw3.jpg  JAROに電話!電話!!


先日、『ヘルレイザー』シリーズ7作一挙上映を実行するにあたり、レンタルショップのホラー棚の前で、まず一気に5本借りるか、それとも3本ずつくらいにするかと10分近く悩んでいて、ふと我に返りました。

・・こんなんじゃいけない・・・!

うら若き乙女が、“5本で1000円”レンタルのラインナップを、スプラッター5本立てなんかにしてちゃいけない・・!!

私、・・真人間になりたい・・!!

そんな訳で、良識注入剤として 『父親たちの星条旗』 を観ようと映画館に足を運んだのですが、何故か観て来たのは 『SAW Ⅲ』 でした。

やっぱり私には、こっちの道がお似合いなのか・・
まぁ、うら若くも無いですしね!

前置きが長くなりましたが、残虐描写とどんでん返しでお馴染み、『SAW』最新作のあらすじは・・

↓↓途中までネタバレあり↓↓

“悪人に悔い改める機会を与える”と言う名目で、手当たり次第に殺しを続けてきたジグソウ
自身も末期の脳腫瘍を抱えており、明日をも知れない体である為、只今弟子のアマンダに匠の技の全てを伝授中なのだ。

そんなチーム・ジグソウが今回さらって来たのは、女医のリン
腕は確かだが、心の病を抱えているらしい彼女に出されたお題は
“ 他人の命を助けよ。されば己の命も助かろう ”
つまりリーダーの延命処置をしろ、と言う事でしょうか。
常に強気のチーム・ジグソウですが、リーダーが虫の息なので、実はいっぱいいっぱいなのです。
首にグルリと爆弾を巻きつけられ、「リーダーが死んだら爆破させるぞ」と脅されるリン

一方その頃、同じ建物の別パートでは、今まさにチーム・ジグソウの最後のゲームが始まろうとしていました。
主役は冴えない中年男のジェフ
お題は
“ 愛する息子を奪った当事者たちを、赦す事が出来たら釈放してやる ”
ジェフの行く先には2つの関門が設けられており、
① 息子が轢き殺されるのを見殺しにした女
② 息子を轢き殺した犯人の裁判で、軽い罰しか与えなかった判事
がそれぞれ用意されています。
ジェフが見事、彼らを赦す事が出来たら、最終関門である
③ 息子を轢き殺した犯人
と対決出来ると言う趣向です。
なにせ息子を喪ってからの3年間と言うもの、寝ても冷めても頭の中は息子の復讐の事で一杯だったジェフですので、「赦せ」と言うのは「死ね」と言われるのと同じ位苦しい事(のはず)です。
果たしてジェフは罪人たちに赦しを与え、ゲームに勝つ事が出来るのでしょうか。

そんなジェフの挑戦を尻目に、本部では急変したリーダーの救急処置を行うべく、手術の用意が急ピッチで進められていました。
脳ミソに頭蓋骨が圧迫され、ひどい頭痛に悩まされているリーダーの為、頭蓋骨をチョッピリ剥がし取る事になったのです。
鮮やかな手際で頭蓋骨に穴を開けるリン
若輩者のアマンダは、ここまでのグロさには免疫が無かったのか、失神寸前です。
無事手術を終え、ホッと一息のリンリーダー
そんな二人を見ていて、面白くないのはアマンダです。
なにさ・・二人でいちゃつきやがって・・!
リーダーだけが心の拠り所であるアマンダ
極度のファザコンなのか、皺フェチなのかは判りませんが、とにかく面白くない事だけは判ります

徐々に苛立ちが押さえきれなくなってきたアマンダ
その頃、順調に関門をクリアしていたジェフは、いよいよ最終関門へ。
憎み続けてきた犯人が、目の前にいる・・。
しかし、その犯人は世にも残酷な拷問装置を全身に取り付けられ、必死に命乞いをしている・・。
悩みに悩んだジェフは、熟考の末犯人を赦し、助ける道を選びます。
ところが考え過ぎが裏目に出て、思い立った時にはすでに犯人は死んでいたのでした。

結局、憎っくき奴らを誰一人として助けられなかったジェフですが、一応「赦した」のでオッケーだろう、と言う事で、出口を求めてさ迷い歩きます。
巡り巡って辿り着いた場所では、何とアマンダリンが修羅場の真っ最中。
リーダーに色目を使いやがって!」と、キレに切れているアマンダは、リーダーが止めるのも聞かず、リンに銃口を向けて完全に暴走状態です。
ここでリーダーからアマンダに重大ヒント。
「お前の命はリンが握っているのだぞ」
「はぁ?!」
判るか?アマンダ?!

考えるな! 感じるんだ!! (意味不明)

その時、今まさに引き金を引こうとしていたアマンダの前に現れたジェフ
そんなジェフを見てリンが叫びます。
「あなた・・!」
そうです。
リンジェフは夫婦だったのです・・!

リーダーアマンダに出したヒントの答えとは・・?
リンジェフの行く末は・・?
また、リーダーの真の狙いとは・・・?


1・2作目を観ていない人には、何のことやらさっぱり判らない本作。
新規参入のファンには、グロ映像だけがてんこ盛りの、かなり不親切な設計になっていますが、前作のファンには2作目の主役・エリック刑事の(痛そうな)その後や、1作目のバスルーム編の舞台裏など、イヤラシさすら感じるような過剰サービスが用意されております。

しかしそのストーリーはと言うと、2作目では辛うじて謳われていた、
命を大切にしない奴なんて、大嫌いだ!宮崎吾朗)
という大義名分はどこへやら。

そんな事より、あたいはただ殺したいだけなのさ!

と言うアマンダもさることながら、

そんな事より、僕はただ仕返しされたいだけなのさ!

と言うジグソウ(リーダー)の煩悩全開のストーリーになっているのです。

「こんな事したら、彼女僕に罵声を浴びせてくれるかも
「あんな事したら、彼僕に八つ当たりしてくれるかも
と、常に倍返しされるであろう仕返しに、胸をワクワクさせているジグソウ。
2作目でも、怒った刑事にボコられてこぼれる笑顔が押さえられない様子でしたが、今回女医に頭蓋骨にドリルで穴を開けられ、
「どんな気持ち?」
と聞かれた日にゃ、
「最高デスッ!!
と恍惚の表情を浮かべる有様。
正直な奴め・・。
ラストで、妻(リン)を撃たれて激昂しているジェフに向かって、“自分を赦す事が最後の試練だ”と言うのですが、もう赦されない気マンマンですもの。
周りに並べられた凶器をチラ見するジェフを見ながら、ジグソウの心の中は
「そのカッター、よく切れますぜ? それともそのナイフで刺しやしょうか? まさか、電ノコを使ってくれるんですかぃ?そいつはありがてぇ」
と、夢見心地です。

よく考えてみれば、ジグソウの欲望を満たす為だけに続けられて来た『SAW』シリーズ。
ジグソウ無しで続けられる事など有り得ませんので、次回もリーダーはちゃっかり生きているのでしょうね。
この先どこまで続けるつもりなのかは判りませんが、出来ればせいぜい5作くらいで打ち止めにして貰いたいものです。
でないと、また、日本のどこかでうら若き乙女がホラー棚の前で悩むような事態が起きてしまいますから・・・。

あと、ポスターに(痛そうな)歯が使われているのに、本編にはちっとも歯関係が登場しない件については、近くしかるべき所に抗議したいと思います。
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