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『エイリアンVSヴァネッサ・パラディ』

2006年10月28日
20061029111659.jpg

誰が悪いんでもない、自分のチョイスなんです。
私のこの手が、コメディ棚から『エイリアンVSヴァネッサ・パラディ』を取ってしまったんです。
出来心なんです。
家族に連絡するのだけは・・・
それだけは・・・

うわぁぁぁーーーーーん!!

と言う訳で、自分史の1ページにまた一本、アホ映画を追加してしまったアガサです。

いいえ。 悔いはありません。

あらすじ
命知らずなスタントマン・ジェームスと、輝く美貌の歌手の卵・コンチャが恋に落ちます。
二人の仲を妨害するコンチャの父・ボスコや、コンチャの美貌に目を付けるインチキ音楽プロデューサー・アランを交えて、田舎町で繰り広げられるドタバタ騒ぎ。
しかしその頃、彼らの頭上には地球侵略を狙うタコ型エイリアンが、無数に押し寄せようとしていたのでした・・・。

果たしてコンチャとジェームスの恋は?
人類の未来は?!


ねっ? アホでしょ?

バファリンの半分は優しさで出来ているそうですが、この映画の半分はヴァネッサ・パラディのPVで出来ています。
(ちなみに残りの半分は血糊と臓物です。)
ヴァネッサの、ちょっと骸骨ちっくな頬骨と、何かの間違いなんじゃなかろうかと思わせるような前歯のスキ具合はさて置き、悪魔的にキュートな声は、相変わらず観客を骨抜きにしてしまいます。

「日陰でも、レコードの回転数と同じ45度。室内は60度。下着までグッショリだ。」
と、いきなりフランス映画以外ではお目にかかれないようなウザイ言い回しで幕を開ける本作。
これが本場のエスプリと言う奴か?!
アクションあり、波乱の恋あり、SFあり、ミュージカルあり、スプラッターあり、無い物を探す方が苦労しそうな、“要素”のてんこ盛り状態。
それが、ヒドイ手ぶれと低予算らしいCGと惜しみない臓物に彩られ、これでもかと視覚を攻撃してくれます。

場合によっては画面に酔います。
所により睡魔も襲うでしょう。


限りなくチープな作りは、予算の制約もあるのでしょうが、それよりも作り手の確信犯的なものを感じて、私は嫌いではありません。
イヤミなセクハラ男・アランは、お尻にエイリアンの種を植えられ徐々に変貌を遂げて行くのですが、完成した異形の姿はどこから見ても『ザ・フライ』。(ただし58年度版)
その上、戦闘態勢に入ると背中からタコの足のような触手が伸びてきて、・・・もしやドック・オク?

安っぽい。 安っぽいねコレ。
しかし、安っぽさもまた楽し。
ペラッペラで、あって無いような内容ですが、ラストの一撃は結構予想外でパンチを感じました。

エイリアンとの死闘を制したのもつかの間、空の彼方に吸い込まれたコンチャを追って、宇宙空間に飛び出したジェームス。
彼が着いた先は見知らぬ惑星。
そしてコンチャと感激の再会を果たしたジェームスの耳に、聴こえてくる声・声・声・・・。
四方八方から、ジェームスに走りよってくるのは無数のコンチャ達だったのです。
ここはパラレルワールドなのか?
それとも彼らは、新たな地球のアダムとイヴ達になるのか?


ワラワラと湧いて出てくるヴァネッサ・パラディ軍団は、圧巻の一言です。
ジョニー・デップにとっては、至上の楽園でしょうね。

時間を返せとまでは言いません。
1時間30分という上映時間は、落胆が怒りに変わるギリギリ手前のラインなのかもしれませんね。
まぁ、観た後何も残らない映画と言うのは、地球上にこの一本だけと言う訳ではありませんし(むしろ多い)、子供を産んでも尚小悪魔路線をブレる事無く歩んでゆくヴァネッサは、さすがロリコンオヤジ界の永久欠番という他無いでしょう。

世のジョニー・デップファンは、この作品を観れば自分の夢(ジョニーと結婚したい等)が叶わぬ夢だと言う事に気付けるかもしれませんので、一度観て現実に目覚めるものいいかもしれません。
美しく整った容姿と共に混在する、ヴァネッサのキワモノ臭を嗅ぎ取った瞬間、ジョニーとヴァネッサがただの美男美女カップルな訳では無いと気付かざるを得ないでしょうから。

こいつら同類ですぜ・・
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『ブラック・ダリア』

2006年10月27日
主なあらすじ
元ボクサーのバッキー巡査は、ひょんな事から同じく元ボクサーのリー刑事とコンビを組む事に。
仲良しタッグで目覚しい成果を挙げる2人は、リーの恋人ケイと3人で、『うれしたのし大好き(フジTV)』の頃のドリカムのような、和気藹々とした生活を送っていました。

そんなリーとバッキーが新たに担当した事件は、通称“ブラック・ダリア事件”。
女優目指してハリウッドに上京してきた田舎娘が身を持ち崩し、揚句に惨殺死体で発見されると言う、陰惨極まりない事件です。

何故か異常なほどに事件にのめり込むリー。
ケイとバッキーは、そんなリーを心配していましたが、それと時を同じくして、ケイの元カレが刑務所から仮出所する事が判り、全員正直いっぱいいっぱいです。

そんな中、順調に捜査を進めるバッキーは“ブラック・ダリア事件”の被害者であるエリザベスと、そっくりな女性と知り合います。
その女性、大富豪の娘であるマデリンは、以前にエリザベスと会った事があると言い、なにやら他にも隠し事がある様子。

そして、一心不乱に捜査に取り掛かっていた筈のリーは、出所してきたケイの元カレと、何故か相討ちになり死亡。
傷心のケイとバッキーは、西川容疑者が抜けた後の吉田美和と中村正人のように、固い絆で結ばれる・・と思いきや、ケイが隠していたとある秘密が露見した事で決別してしまいます。

恋していた女に裏切られ、やけっぱちになったバッキーは仕事に打ち込み、ひょんな事から“ブラック・ダリア事件”の現場を突き止めるのですが、そこから導き出された真犯人は、思わぬ人物だったのでした・・・。

果たして“ブラック・ダリア事件”の真相とは・・・?



オスカー2部門に輝いた『L.A.コンフィデンシャル』の兄貴分、『ブラック・ダリア』がついに日の目を見たと聞いて、劇場に賭け付けて来ました。

思えば、『L.A.』のパンフレットで
「原作者エルロイの“LA暗黒史4部作”の一作目、『ブラック・ダリア』が、デヴィッド・フィンチャーにより映画化予定」
との一文を読んでからと言うもの、まだかまだかと公開を待ちわびていた私。
LA史に残る陰惨な実在の事件とフィンチャーの陰気さがマッチしたら、さぞかし根暗なフィルム・ノワールが誕生するだろうな・・・
ス・テ・キ
そんな風に思いつつ月日は流れ、気付けば『ダリア』の『ア』の字も聞かなくなり、フィンチャー降板の噂だけ耳にしていました。

もはや映画化は遥か彼方に消え去ったのか・・・?
そんなにやりづらい題材なのか・・・?

と、半分忘れかけていたら、いつの間にか完成して公開日を迎えていたとは・・・!
しかも監督がブライアン・デ・パルマになってるし!

聞いてない!
あたしゃ聞いてないよ!!
(言う義理は無い)

で、観終わって見て感想。

死体怖すぎ。

ホラーやスプラッターに抵抗無い(むしろ大好物な)私なのですが、この作品に出てくる“ブラック・ダリア”の死体は、ホント怖かったです。
つまり、ニセモノっぽくなかったと言う訳で・・。

アンニャロー (←デ・パルマ) ・・、ホントに殺りやがったな・・ 
(んな訳無い)

死体をたかりに来るカラスは、地獄からの死者のようにおぞましく、腹で真っ二つにされ、恐ろしい装飾を施されたエリザベスの死体は、当分目に焼きついて離れそうにもありません。

作品は、そんなエリザベスを殺した犯人に辿り着き、恐ろしい真実が明らかにされて行くのですが、実際の事件では犯人は捕まっておらず、事件は迷宮入りしているそうなので、そこはあくまで映画上での真相な訳で・・。

それ(謎解き)よりなにより、この作品全体に感じる散漫さの方がよっぽどか気になった私。

散漫ポイント ① バッキーとリーとケイの三角関係のもつれ事件
散漫ポイント ② ケイとリーと出所して来る元カレが関係していた、銀行強盗事件
散漫ポイント ③ リーとバッキーが遭遇した、麻薬密売人射殺事件
散漫ポイント ④ リーとバッキーが担当していた、連続レイプ&強盗事件
散漫ポイント ⑤ ブラック・ダリア事件
散漫ポイント ⑥ マデリンとエリザベスって、そんなによく似てるか?事件



と、これらの事件が同時進行で起こるので、全編通してストーリーを追うだけで精一杯。
尚且つ一つずつ解決して行くも、どれもが浅い感じで重く効いて来ない。
どうしてもっと、“ブラック・ダリア事件”に絞れなかったのでしょうか?
まぁ、正義と妥協の狭間で揺れるバッキーの心の痛みや、リーやケイとの愛憎劇が、より“ブラック・ダリア事件”を引き立たせる(はず)だったんでしょうが・・・。
なんか消化不良。

ちょこっとネタバレの為反転大体、異常な程“ブラック・ダリア事件”に執着していたリーより、何となく捜査していたバッキーの方が、事件を解明できた所にも合点が行きませんし、やっとこさ事件の真相に最接近したリーが、あっさりそれをネタにタカリに走るのも合点が行きません。
あんた、死んだ妹にエリザベスを重ねてたから、やっきになって捜査してたんじゃなかったんか?!
そんな事より金か?!


原作を読んでいないので何ですが、本の方もこんな感じで話があっちゃこっちゃしているんでしょうか?
原作者のエルロイさんは、デ・パルマ監督就任を歓迎していたようですが、私としては出来れば“デヴィッド・フィンチャーの白黒3時間半バージョン”が観て見たかったです。
それがより、まとまりの無い内容であっても。
・・何故かって?
あいつ(フィンチャー)の方が、より粘着質な感じがするから・・・。
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『サスペリア PART2』

2006年10月25日
いやもう素晴らしい!!!

ここが劇場だったなら、スタンディングオベーション間違いなしの傑作。

・・でも、
・・・でも、
どこが “サスペリア”?! 
どこが “PART2”?!

魔女も出なけりゃ美少女も出て来ない。
そもそも『サスペリア』よりも2年も前に作られた作品だし。
適当な邦題付けやがって・・・
一つヒットしたからって“死霊”とか“はらわた”とか“いけにえ”とか“ゾンビ”とか

紛らわしいんじゃ ボケェ!!

そんな常日頃のイラつきに、さらに火を加えるような『サスペリア PART2』
いえ、映画そのものに罪はありませんが。

イタリア産のサスペンスが、こんなにも緊張感溢れる作品だったなんて、ちょっとした驚きでした。
それにしても、“サスペリア”を頭に付けるのは、全く以って逆効果ですね。
ホラーなのかと勘違いさせて、一体何の得があると言うのか?!
と、当時の配給会社の奴らを連れてきて小一時間問い詰めたい。

あらすじは、
テレパシー能力を持った超能力者ヘルガが、ある殺人者の過去を感知してしまったせいで殺害されると言う事件が起こります。
たまたまその場を目撃したジャズピアニストのマークは、事件の犯人を突き止めるべく、独自の調査を開始。
じゃじゃ馬女性記者のジャンナと共に、一つ一つの手掛かりを追うマークでしたが、彼の動きを全て知っているかのように、次々と事件の関係者が殺されていきます。

やがて、マークはそもそもヘルガが感知した過去の殺人の重要な手掛かりとなる、とある屋敷に辿り着きます。
廃墟となった屋敷の中に、塗り固められた一室があることを突き止めたマークは、壁を叩き壊して中を覗き込みます。
すると、そこにはミイラ化した一体の死体が・・・。
過去の殺人は突き止めたものの、最後の一歩が真犯人に及ばず、逆に警察に追われる可能性も出てきたマーク。

手掛かりを無くして、途方に暮れていたマークの視界に、一枚の絵が飛び込みます。
その絵こそは、屋敷の一室で見つけた壁の落書きと同じ絵・・。
最後の手掛かりとなったその絵を探して、小学校に忍び込んだマークとジャンナの元に、殺人者の魔の手が忍び寄ります。

果たして一連の殺人事件の真犯人は・・・?
過去の事件との関係とは・・・?


と言う訳で、いくら観ても魔女ウジ虫ゾンビも出てきません。
そこはもう、すっぱり諦めましょう。

この殺人鬼が持つ凶器は、なんと手斧。
ザ・凶悪。
観ているだけで痛そうなクリティカルヒットの数々は、さすがダリオ・アルジェントという所でしょうか。
黒いレインコートに身を包んだ、男とも女とも判らない殺人鬼が、どこから飛び出してくるか・・・。
それだけで心拍数が120%上昇です。

大オチをバラしてしまいますと




真犯人は、マークの友人・カルロのお母ちゃん(理由:もともとキ○ガイだったから)なのですが、一応犯人の性別は隠されたまま物語が進みますので、観ているこちら側に犯人予想させるつもりだったのでしょう。
しかし、冒頭のヘルガ殺害シーンで、一瞬ですがバッチリおばさんの顔が画面に映りますので、その時点で犯人(もしくは関係者)に女(年配)がいるのがバレバレになってしまいました。
この“映りこんだ顔”が、物語通してとされている“マークが現場の廊下で見たはずなのに、何故か消えてしまった絵画”の正体なので、マークが「なんか引っ掛かるんだよなー」とボヤく度に、
アレじゃん!アレ!! おばさんの顔!!
と、教えてあげたくてウズウズする羽目になってしまいました。

しかし、そんな大オチが判っていても尚、この作品のハラハラ感は薄れる事無く、どこに出しても恥ずかしくない立派なサスペンスに仕上がっていたのでした。

一つだけ言うとすれば、上映時間の長さでしょうか。
私が観たのは、123分の“完全版”

サスペンスで2時間越えは、ちとキツイんじゃないですか?

劇場公開版は106分だったようですね。
それでもちょっと長いかな・・。

とまぁ、文句なしの面白サスペンスだった訳なんですが、ただ一つ、ギャグとの境がかなりギリギリだったシーンが・・・。

殺人者の秘密を握った心理学者が、犯人の仕掛けたカラクリ人形(!)に襲われる、というシーン。

20061025005253.jpg(←カラクリ人形)

・・・まちゃまちゃ?

そして・・

20061025005440.jpg
 
 ↑ まちゃまちゃ、暁に死す

・・・絶対笑かそうとしてるだもんなぁ・・。
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『サスペリア』

2006年10月23日
20061024014844.jpg 『第三の男』『かくも長き不在』のアリダ・バリが、魔女になってます・・・




いやもう素晴らしい!!!

ここが劇場だったなら、スタンディングオベーション間違いなしの大傑作。
さすが 『サスペリア』 。
さすが “マスターピース” 。
後世に残る作品と言うのは、こうまで違うモノなんですかねぇ?

もうすぐハロウィンなので、我が家でも『ハロウィン』祭りを開催しようかと、レンタルショップの門を叩いてみましたが、余りのシリーズの多さに心が折れてしまった私。
20061024003456.jpg(←なんと8作もある)


そこで、小学生の頃に日曜洋画劇場あたりで観た覚えのある、『サスペリア』を大人の目線で観直す事にしたのですが、自分の選択は間違っていませんでした。
バンザイ自分。


物語は
ドイツにある、バレエの寄宿学校に入学する事になった、アメリカ娘スージー。
しかし、初めて学校を訪れた日から、この学校では死人が続出。

まずは、女学生と彼女のルームメイトが何者かによって派手に殺害されます。
その次に、盲目のピアノ演奏者。
彼の盲導犬が学校の副校長の甥っ子に噛み付いたせいで、ちょうど学校を解雇された、その日の出来事でした。
そして、スージーと共に一連の事件に不信感を募らせていた友人のサラまでもが、何かの謎を掴みかけていた矢先に突然姿を消したのでした。

サラが失踪寸前、スージーに言いかけていた「魔女・・・」と言う言葉。
その言葉の意味を探る為、サラの知り合いに会ったスージーは、そこで寄宿学校の創設に関わる、ある魔女の伝説を聞く事になるのでした。

果たして事件の真相は・・・?
魔女の正体とは一体・・・?


と言う訳で、ホラーと言ってもゾンビもの、伝説の殺人鬼モノ、呪いモノ、幽霊モノなど色々ありますが、この物語はズバリ魔女モノです。

しかし、魔女ってそんなに怖いですか?
私の中の魔女のイメージと言えば、圧倒的に 『オズの魔法使い』の西の魔女なので、怖いと言うよりは親しみ易い。
ぶっちゃけて言うと好き
本作の中でも、スージーが魔女専門家に訊ねるシーンがあります。
「で、魔女って何をする訳?」と。
すると専門家は一言、
「悪い事全部」

小学生かよ。

専門家と思えない程、物凄くアバウトな回答に納得するスージーもスージーですが、そこを突き詰めても何も出て来ないでしょうから、こちらももうそれ以上考えない事にします。

いえ、それが一番正しい観方なのでしょう。
なんと言ってもこの作品の見所は、
目に痛い、原色バリバリでビザールなプロダクションデザイン。
大音量で奏でられる、神経を逆なでする様なサウンドトラック。


そして、それらから紡ぎ出される

雰囲気。

Yes! ザ・雰囲気!!

魔女っぽい、オカルトっぽい雰囲気と、あとは美少女がキャーキャー叫びながらいたぶられる、そこに全力投球なのです。

なので、序盤にヒロインのルームメイトとして登場する、えらくビッチないい女(オルガ)や、ヒロインに熱い視線を送るイケメン使用人(マーク)は、終盤一切出て来ないと言う不自然極まりない作りになっていますが、めげてはいけません。
意味ありげに登場した割には、殺され役ですら無いのですが・・・。

それと、舞台となっているバレエ学校も、別に深い意味は無さそうです。
魔女はバレエが好きだったのでしょうか?

いや、きっと、監督の趣味だったんでしょう
美少女=バレエ

判り易っ!!

いい趣味してんな、おっさん。

70年代ですのでCGなどある筈も無く、ひたすらライティングや音楽、あとは役者自身の頑張りによって作られた派手な殺害シーンの数々。
作り物のタコの足を持って死闘を繰り広げる“エド・ウッド作品”と基盤は一緒なのですが、そこはそれ。
スタッフの熱意と雰囲気に助けられて、とても素晴らしい出来映えになっていました。

ただ一つ、さすがにギャグとの境がかなりギリギリだったシーンが・・・。

何者かの影に怯える美少女が、窓を割って伸びてきた手に頭を掴まれ、ガラスに押し付けられる、というシーン。

20061024013723.jpg  ← ブタっ鼻になっちゃって・・(爆


いやでももう素晴らしい!!
ホラー史に残るブタっ鼻でした。

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『南極日誌』

2006年10月20日
真っ白な銀世界。
たった6人の冒険家達。
目指すのは“南極到達不能点”その一点。
しかし、歩き・食べ・寝る事の繰り返しは、予想を上回る過酷さで彼らに襲い掛かってきます。

「俺さぁ・・・ 何だか眠くなってきたよ・・・」
「寝るな! 寝るんじゃない!!
寝たら終わりだぞ!!」


スミマセン。寝てました。

一瞬ですが、ばっちり寝てました。
一面の銀世界が悪かったのか、延々と続く過酷な探検が悪かったのか・・・。

いやさ、私が悪いのか?!

南極を舞台に、人間の奥底に潜む狂気と恐怖を、ミニマムな演出で淡々と描いて行く 『南極日誌』。
ミニマム過ぎて、こちらの頭の中もホワイトアウト。(←オヤジギャグ)
張り詰めた緊張感を楽しむ映画なので、決して夜中とか疲れが溜まっている時に観るべきではありませんね。

ストーリーをざっくり紹介しますと、
違いがわかるアルピニスト・チェ隊長率いる韓国南極探検隊が、人類史上2組目の“到達不能点”到達を目指して過酷な旅を続けていました。
ナイフみたいに尖っていた頃に、テレビでチェ隊長の勇姿を見たミンジュは、それがきっかけで冒険家を志し、今回見事メンバーに抜擢されてウキウキです。
そんなミンジュを、訳ありな表情で見つめる他の隊員達。
ハッキリは言いませんが、チェ隊長には余り美しくない過去があるようです。


「お前は外国にいたから知らないんだよなぁ・・・アノ事を・・」
アレって?!
そして、そこまで言われてるのに続きを聞こうとしないミンジュとはこれいかに。
他の隊員も、すごい記録に挑戦しようとしているチームにしては、なんだか寄せ集め感が強い。
「俺さぁ、普段は町役場に勤めてるんだよね」
て、地方公務員が何故南極探検?!
とても危険な香りがプンプンして来るミッションです。

過酷な旅を続ける一行は、ある日80年前にイギリスの探検隊が残したらしい、一冊の日誌(南極日誌)を拾います。
そして、それ以来、不可解な現象が隊員たちを襲う事に。
まずは突然、風邪の様な症状で寝込むジェギョンさん(町役場勤務)。
最高に不調な健康状態にも関わらず、チェ隊長は全然探検を辞める気配もなく、無理やり旅を続けさせられた結果、ジェギョンさんはいつの間にか一行からはぐれてしまいました。
一応捜索をするものの、見つかる気配の無いジェギョンさん。
修羅のような隊長は、強引に隊員たちを説き伏せて旅が続行される事になります。
しかし今度は、通信係のソンフンが副隊長のヨンミンさんにいちゃもんを付けて、雪上でいきなりの殴り合い。
「やるな!お前!!」
「お前だってなかなかのモンじゃないか!!」

と言ったかどうか定かではありませんが、2人でもみ合ううちに雪穴が抜けて、ソンフンさんは谷底に真っ逆さま。
即座にロープを投げ救出を図る隊員達でしたが、なんと隊長がさりげなくロープを放すと言う暴挙に。
哀れソンフンは氷河の奥底に消えて行ったのでした。


「ウィルスさえも生息できない極寒の地で、風邪を引くなんておかしいじゃないか!」
と、劇中で誰かが言っていましたが、

・・・寒いからじゃないんですか?
私の一般常識レベルなんてこんなもの。

それはさて置き、明らかに胡散臭い目つきになってきた隊長が、隊員たちを見捨てるわ無線機の基盤を外して食べちゃうわ、やりたい放題になって来ました。
居酒屋で、アテの柿ピーでも頂くように、ボリボリと基盤を喰らう男・チェ隊長。
君もどうだね?
イケる味だよ。

余りにもかぐわしくなって来た、隊長の一連の奇行に、絶対服従の姿勢を貫いてきた副隊長さえも、ついに反旗を翻し始めます。

奇妙な事に、イギリスの探検隊が残した南極日誌と同じような運命を辿ってゆく一向。
すっかりメンバーも減って、残った隊員は僅かに4人。
そんなある日、ミンジュは隊長についてのアノ事をついに教えられます。
なんでも隊長は、幼い息子が寂しくて電話をかけて来た時、かえってきつい言葉をかけ、その揚句息子が自殺してしまった事がある。と言うのです。
・・・微妙。
そんな微妙な暴露話を胸にしまいつつ、頑張って旅を続けていたミンジュとその他の皆さんでしたが、一週間前通った場所と同じ場所を歩いている事に気付き、ついに限界に達します。
緊急時用の通信装置(通称ELT)を使うよう、隊長に詰め寄る隊員達と、逆ギレをかます隊長。
話し合いは平行線のままですが、たまたま近くに小屋を見つけた一行は一時休憩を取る事にします。
しかし、その小屋が一行の運命の場所になろうとは、誰が予想したでしょうか。
果たして隊長の真の狙いは?
到達不能点に辿り着く事は出来るのでしょうか?


き○がい隊長の逆ギレっぷりは、観ていて清々しささえ感じます。

「お前は何故南極に来たのか忘れたのか?嗚呼忘れるがいいさ!忘れちまいな!」
「雪にのまれたら、溶かして飲んじまえ!」

と言う不条理ネタから、
「それにしても不思議だ・・・ この場所は、前にも来た事があるような気がする・・・」
と言う天然ネタまで多種多様なキレ具合。

だから一週間前と同じ場所なんですってば。

当然の事ながら、隊員たちはドン引きです。
そして揚句、
「到達不能点に辿り着ければ、きっと素敵な奇跡が起こるはず」
と、最後はファンタジーなネタで締めくくり。

それ、どこのロード・オブ・ザ・リング?

終始ホラーとSFとサスペンスの間を行ったりきたりの本作が、どこを目指していたのかはよく判りませんが、結局チェ隊長は本気で狂っていたと言うよりは、本気で“到達不能点”の特別な力を信じていただけなんでしょうね。
息子に対し、仲間達に対し、自分の人生そのものに対しての贖罪の意味で、ひたすらに到達を目指していた隊長。
仲間を殆ど失い、やっとの思いで辿り着いたその場所は、ボロボロの木片が目印に立ててあるだけの、ただの銀世界。
当たり前ですが、奇跡なんてものも存在しません。
そして、隊長にミンジュがとどめの一言。

「“到達不能点”も、この広い大地の中の一点に過ぎないんだ」

そうそう、ヘリで行けちゃうしね!

ロマンもへったくれもない、殺伐とした30代が観たら、そう言っちゃうんだよ。
イム・ピルソン(監督)、よく覚えときな!

極限の地が、人の精神にもたらす影響。
疲労と不安と疑心暗鬼によって、人はなんと脆く狂気の淵から滑り落ちてゆくものでしょうか。
特別な場所には、特別な力が宿る
という考えは数多く存在しますが、結局特別な力を生み出すのもその人自身な訳で、何でもかんでも周りの責任にしてきたチェ隊長に、奇跡なんて起こるはずがなかったんじゃないでしょうか。
南極到達不能点すら、彼を受け入れてくれる場所ではなかった以上、この先チェ隊長に待ち受けているのは、雪と氷に閉ざされた中での無間地獄しかないのかもしれません。
中途半端なホラー色(氷河の中の目玉や黒い影など)を排除して、心理ドラマだけに絞った方が、もっとジリジリとした恐怖を感じられたように思います。

どうでもいいですが、終盤に登場する、到達不能点に程近い場所に立つ小屋の施主が誰なのか、気になりました。
イギリス探検隊なのでしょうか?
それとも過去に到達したソ連の探検隊?
どっちにしても、よくあそこまで木材運んだなぁ。
到達するより偉いんじゃないのでしょうか?
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