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『あずみ』

2006年05月27日
北村龍平と言う映画監督がおりました。
今は無き 『PREMIERE』 と言う映画雑誌が、廃刊前にこの人のエッセーを載せていまして、当時それを読んでいた私の心に湧き上がった気持ちが、
「なんだこいつ。」


私は “根拠の無い自信家” は嫌いではありません。
かく言う自分がそうだからです。
が、この人のエッセー(撮影秘話など)を読んでいると、やたらと自信過剰な文面が鼻に付く事この上なく、「何ぼのもんじゃい?!」 と思っていました。
しかし作り出した作品を観た事がありませんでしたし、1本も観ずにあれこれ思うのも何なので、丁度WOWOWでやっていた『あずみ』を鑑賞する事となりました。


・・で、まぁ、どうだったかというと


なっかり(※萎える+ガッカリ)


だった訳ですが・・・


どこを褒めればいいのか思い付かないのですが、頑張って挙げてみたいと思います。

 上戸彩の足がスッベスベだ。
 “瀕死状態”のメイクがとてもリアルだ。
 上戸彩の例のマントがカッコいい。(チョットしかまとわないけど)
 オダギリ・ジョーがクムジャさんだ。(アイメイクのみ)
 遠藤憲一がステキだ。
    ・・・えーっと  それから・・・  
 ・・若い男の子がわんさか出る・・・ とか・・

すみません、そんな感じです。


アクションが売りなんでしょうね。
上戸彩がスタントほとんど無しで、95%自分でアクションをこなしたとかこなさないとか・・・。
まぁ、「だから何だ」と言う感じなのですが。
逆に残りの5%をやっている、スタントさんの腰の据わり方や刀の振い方が素晴らしく見えると言う北村マジック


では反対に、なっかりポイントを挙げてみますと、

 冒頭、折角10年掛けて育て上げた凄腕の刺客を、わざわざ同士討ちさせて半数に減らす。(←何も減らさなくても・・・)
 若き刺客たちが、大事なシーンで口ポカーン。
 あずみの殺陣が敏捷じゃない。(どちらかと言うとどん臭い)
 またもややりたい放題の竹中直人。
  凄腕忍者一騎打ちシーンでの、最悪のワイヤーアクション。
 斬られ役の人が、斬られる前から血まみれの顔をしていて、それがバッチリ映り込んでいる。(しかも殆どがそう)
 緊張感を緩める為に用意された失笑シーン。
 目がまわる。


などなど・・・。

冒頭の同士討ちシーンにはきちんと説明があり、
「これから先の戦いにおいて、情に流される事無く心を殺して使命を全うする刺客になる為」
つまり、愛する者を殺す事が出来ないようなチキン野朗は、刺客失格であります。と言う事らしく、途中仲間が毒に侵された時も、リーダー(通称・爺)はアッサリ彼を山小屋に見捨てて行きます。
優しいあずみはその仲間の傍に残るのですが、彼自身が自害する事を選び、刺客と言う職業の厳しさを見せ付けます。
ところが、そこまで無情な戒めを描いておきながら、終盤敵の手に落ちたリーダー(爺)はアッサリあずみをおびき寄せる餌になり、優しいあずみは勿論リーダー(爺)を助ける為、敵がウヨウヨしている陣地に単身乗り込みます。
リーダー(爺)は自決する事も無く、あずみの姿を見つけて 「逃げるのじゃー」 なんて、心にも無い事を言ったりします。


なんじゃそりゃ

なんと言うか、このような中途半端なドラマや、抑揚の無いアクションシーンや、何の脈絡も無く挿入されるギャグシーンがすべて噛み合っておらず、結果映画としてどこに感情移入すればいいのか判らない、非常になっかりする作品になっている訳です。


これって誰の責任なんでしょうか。
キャスティングのマズさは言うまでも無いのですが、そのキャスティングを許した偉い人は、間違いなくA級戦犯ですね。(上戸彩を抜擢したのは北村龍平だそうですが)
そして、意味不明なラスト。

《敵陣を一網打尽にしたあずみは、仲間を全員失って、一人で残る使命をやり遂げるかどうか丘の上で考えます。
その時仲間達の幻があずみを取り囲みます。
「私は一人じゃない・・・」
決意を新たにしたあずみは、逃げのびた敵が乗った船を追って海の上へ。
いきなり海上から現れたあずみは敵の頭を一太刀で仕留め、再び海上へ飛び込みます。
水平線の見えるような広い海の上に、一人浮かんで空を仰ぐあずみ。
その後再び、ラストの大殺戮を繰り広げた廃墟を訪れると、瓦礫の下から奇跡的に生き残った仲間と再会。
二人は使命を果たすべく次の地に向うのであった。》

このくだりが全く持って意味不明です。
前後のつながりが無茶苦茶で、もうお手上げ状態です。

とりあえず、この一本を観終っての北村龍平に対する私の評価は、
「なんだこいつ。」
から変化無しでした。
この作品が、彼の中でどれくらいの位置にあるのか判りませんが、まぁあれです、世の中にはもっと才能ある監督は沢山いんじゃないのでしょうか。
そう言ってあげたいです。(余計なお世話ですね)


やる気はかなり減退しているのですが、 『あずみ2』 も録っているので、なんとかやっつけたいと思います。
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『ツイステッド』

2006年05月26日
姉さん、事件です!
登場人物全員、アシュレイ・ジャッドのストーカーです!
もうどうしていいかわかりません!
いっその事私もアシュレイ・ジャッドを好きになってしまいましょうか?! 


最近あんまり見かけない(ような気がする)、アシュレイ・ジャッドさん38歳。
一時はシャーリーズ・セロンと見分けが付きませんでしたが、今ならハッキリわかります。

金髪の方がシャーリーズ・セロンで、茶髪の方がアシュレイ・ジャッド! (やっぱりよく判っていない)
20060527155020.jpg←金髪 20060527155031.jpg←茶髪


そんなアシュレイさんのサスペンス・(正確に言うと)ムーヴィー、 『ツイステッド』 を、毎度おなじみWOWOW経由で観ました。





続きを読む "『ツイステッド』"
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『悪魔の赤ちゃん』トリロジー

2006年05月21日
はっきり言おう。
夜中の3時までかかって、 『悪魔の赤ちゃん』 全3作を観た私は、


負け組決定。


これの一挙放送にGOサインを出したWOWOWは、すごいと思います。
いろんな意味で。


実を言うと、睡魔に負ける事無く最後まで観通せたのは、意外と面白かったからなのですが・・・
・・・何といったら言いのでしょう・・・
言葉にし難い虚しさと言うか、苦笑いと言うか、観終わって時計を見た時の
「3時かよ・・・」というせつなさと言ったら・・・。


いろんな面で驚かされた全3作。
あらすじは、


パート1 
ある中流家庭に生まれた赤ちゃんは、何故か怪物だった。
出産と同時に医者達を襲ったスーパー赤ちゃんは病院から抜け出し、行く先々で人間を手にかける。
世間からの冷たい視線により、一度は親としての責任を放棄したデイビス夫妻だったが、帰巣本能によって自宅に戻ってきたスーパー赤ちゃんに対し、母は母性を全開させ、父は恐怖を全開させる事になる。
駆けつけた警官隊と共に、地下水道にスーパー赤ちゃんを追い詰めた父は、傷ついた我が子を見て初めて父性に目覚め、警官から逃がそうと逃亡を計るが、すっかり包囲され興奮したスーパー赤ちゃんを助ける術は無く、殺されるのを見届けるしかなかったのであった。
jitumei.jpg←未成年者なのに実名報道された瞬間

saishonoakachan.jpg←1作目のスーパー赤ちゃん。見にくくってすみません



パート2 
前作で我が子を見殺しにせざるを得なかったデイビスは、全米で次々生まれるスーパー赤ちゃんを抹殺しようと目論む政府に対抗して密かに組織をつくり、スーパー赤ちゃんの保護に努めていた。
そんなデイビスによって、また一人のスーパー赤ちゃんが保護されるが、隠れ家を取り囲んだ警官隊によって興奮したスーパー赤ちゃん達は、一斉に行動を開始。
敵味方関係なく血祭りにあげるスーパー赤ちゃん達に、頼みの綱のデイビスは殺され、一度は親としての責任を放棄しようとしたフォレスト夫妻は、自ら劣りになって我が子を仕留めようとする。
しかし、最後の最後で我が子への愛情に目覚めた夫妻は、包囲している警官隊からスーパー赤ちゃんを助けようとするが、やはり助ける事は出来なかったのであった。
20060521232103.jpg←2作目でのスーパー赤ちゃん。ちなみに襲われているのは1作目の主役、デイビスさん



パート3 
全国的に発生する、スーパー赤ちゃん達の抹殺を“人権侵害”とした裁判が行われる。
一人の父親であるステファンの訴えが認められ、スーパー赤ちゃん達は“絶対に普通の人が行かない所(無人島)”に隔離される事になる。
勝訴したものの、怪物の親と言う事で激しい差別を受ける父。
5年が経ち、無人島で独自の進化を遂げたスーパー赤ちゃん達は、何と子供を産んでいた。
調査に赴いた学者に同行したステファンは、スーパー赤ちゃん達に襲われるが辛うじて生き残り、スーパー赤ちゃん達のアメリカ本土帰郷の手助けをする事になる。
伝染病で死に掛けていたスーパー赤ちゃん達は、ステファンの元妻である実母に我が子を託し、死を遂げる。
スーパー赤ちゃんの子供(つまり孫)と共に、新たなる人生を誓うステファンと元妻であった。
20060521232139.jpg←何故かムキムキ

20060521232117.jpg3作目でのスーパー赤ちゃん。断じてグレイではない


<おしまい>


監督・脚本を手がけたのはラリー・コーエン
何を隠そう、 『セルラー』 『フォーン・ブース』 の脚本(原案)家です。
と言う訳で、1作目はなかなか良く出来たストーリーで、ただのB級ホラーに終わらせない何かを感じました。
「怪物はフランケンシュタインではなく、それを作り出した者だ」 と言うセリフも出てきますが、スーパー赤ちゃんに対する恐怖(や嫌悪感)が憐憫に変わる瞬間のお父さんの表情など、親と子の純粋な愛情が“異形”によって翻弄される、とても哀しいお話でした。


そのテイストは2作目でもかろうじて残され、出産を控えた家庭に突然乱入したデイビスが、第二の自分達を生み出さないが為に奔走する姿は、「何か歪んでいる」ような「子を失った親の悲しさ」のような複雑な思いがします。
その姿ゆえに親に受け入れてもらえない子供の悲劇として、まだ何とか成立していると思いました。


ところがどっこい、3作目ともなると前2作のテイストはすっかり影を潜め、やりたい放題!持ってけ泥棒!状態です。
ビックリするくらい演技力の無い主役(父親)の、脱力感たっぷりなセリフまわし。
もはや赤ちゃんとも呼べない、成長したスーパー赤ちゃん達の暴走っぷり。
舞台が80年代になっている事も悪い作用に働いていて、微妙にイモっぽい登場人物達や、何の脈絡も無く登場するキューバ人などが、完全にB級に拍車をかけています。
まさに悪ノリと勢いだけで作った続編、と言うべきテキトーさ加減に、観ているこちらもユルーい気持ちになりました。


そりゃ、劇場未公開にもなるわなー・・・。


しかしまた、こういう作品が作られていた80年代の寛容さと言うか大らかさが、懐かしく羨ましくもあります。


おまけ
3作通して出演の刑事さん・変貌記
20060521232000.jpg←1作目 (ヅラ?)

20060521232016.jpg←2作目 (やっぱヅラ?)

20060521232041.jpg←3作目 (リー○゛21?)



皆勤賞、おめでとうございまーす
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『グッドナイト&グッドラック』

2006年05月20日
ジョージの兄貴ぃ と、私もマット・デイモン並みに甘えたくなりました。


“オスカー監督賞ノミネート”は色んな好意に支えられての物かもしれませんが、こういう作品を作る、しかも彼のような影響力のあるスターが作ったと言う事に、大きな意義があるように思います。


監督1作目に続き、2作目もテレビ局を舞台に選んだジョージの兄貴。
パパがニュースキャスター(マサカズではない)だったそうなので、当然と言えば当然なのかもしれませんが、内容は1作目とガラリと変わって真面目そのものです。


1953年、アメリカ国内に吹き荒れた“赤狩り”の嵐。
その扇動者であるマッカーシー上院議員に、堂々と異論を唱えた男気溢れるニュースキャスター、エド・マローの権力との闘いを、モノクロ映像に実際のニュース映像を混ぜ込んで、上手にまとめています。


権力との闘い、となれば演出次第でいくらでもドラマティックになりそうな物ですが、そこはさすが兄貴、過剰に感情を煽る事無く淡々と(少し物足りない程に)エド・マローの闘いを映し出していきます。


本当に真面目な人なんでしょうね。


エド・マローじゃなくて、ジョージの兄貴が。 (いや、エド・マローは言うまでも無く・・・)


男前(※ハリウッド基準)で、面倒見がよくて、人望も厚くて、誠実・・・。


ホントだとしたらエライ事です。


せめてゲイぐらいであってくれないと、割に合いません。(何の?)


只今ゲイの皆さんに失礼な発言がありました事を、ここに陳謝いたします



“危険な思想を持つ者を取り締まる”


これはまさに、今日本の国会で審議されている“共謀罪”と丸かぶりの発想で、古今東西罪の無い人々を死に追いやり、人生を狂わせ、人間同士を疑心暗鬼に追い込ませる、悪夢のような法律です。


つまり、この映画で描かれている事は私達の直ぐ間近まで迫っているかもしれない事柄で、絵空事でもなんでもない、本当に恐ろしい問題なのです。
勿論アメリカも、9・11以来他人を疑う事に拍車が掛かった人たちによる一部の人間の弾圧や、政府によるマスコミの報道抑圧など、50年前と大して変わらない事をやっているのが現状です。
9・11直後、「イラク戦争反対」と叫んだだけで、非国民扱いされているアメリカ人をテレビで観たときには、「これじゃあナチスと変わらない」と思ったものです。


危険な思想を持つ人が犯罪を犯すのを、未然に防ぐのはとても有意義な事ですが、人間の頭の中なんて覗ける筈も無く、結局は尋問や監視、密告などで判断するしかないのではないでしょうか。
そこには当然先入観や第一印象も入り込むでしょうし、そうなった時一体誰が真実を見つける事が出来るのでしょう。


怖いですねぇ。


誰か賢い人が、『マイノリティー・リポート』みたいな装置を実際に開発してくれないですかねぇ・・・。


あぁ・・・あれは人間が入ってたか・・・。


100%マシーンでお願いします。


それはともかく、こんな当局に真っ向勝負を挑むような作品を作ったジョージの兄貴も偉いですし、オスカーで認めてあげたハリウッドも偉いと思います。(もっともハリウッドは、民主党支持者が多いそうですが。 ※ブッシュは共和党)


こういう作品を送り出せるアメリカは、まだ腐り切ってはいない。
そう思いました。


ジョージの兄貴には、これからも良質な社会派映画を撮り続けて欲しいですね。
まだまだ撮った数も少ないですし、これからもっと期待できると思います。


それから俳優陣がまとまっていて、とてもよかったです。
テレビマンを演じる男達の渋い事渋い事・・。
オスカーノミネートのデヴィッド・ストラザーンを筆頭に、 『デーヴ』 のイヤミな補佐官が印象深いフランク・ランジェラ や 演技力の評価と逮捕歴がどっこいどっこいのロバート・ダウニー・ジュニア や 『ツインピークス』 の怖いお父さんレイ・ワイズなど、出てくる男という男がモノクロ効果もあってとてもいい男に見えます。
それとも、信念を持って闘う男が美しいのか・・・。
はたまた男を描くのが上手いのか・・・。


・・・兄貴ったら・・・ やっぱゲイ?
 

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『クラッシュ』

2006年05月20日
今年3月に発表された第78回アカデミー賞で、見事作品賞に輝いた 『クラッシュ』 を観る事が出来ました。


オスカー予想している時や発表後は、
「 『ブロークバック・マウンテン』 に作品賞を与えないなんて・・


オスカー会員の塩野郎どもめ!  


なんて思っていましたが、実際この2作品を観て見ると、いかにオスカー会員の選択が難題だったか、と言う事が実感できますね。


・・・ごめんね。 オスカー会員のおじいちゃんたち・・・。(いや、お婆ちゃんもいるのか)


『ブロークバック・マウンテン』がの映画なら、『クラッシュ』はまさに
美しい山々に囲まれて、言葉静かに愛を交わす二人を描いた 『ブロークバック・マウンテン』 も、心を打つ、苦しいほどに切ない物語でしたが、現在のロサンジェルスを舞台に、様々な人種を巻き込んで繰り広げられる 『クラッシュ』 もまた、暴力や憎悪に覆われてはいるものの、その底にある人間の愛について、私達に雄弁に語りかける素晴らしい作品でした。


人種のるつぼであるロスでは、憎みあうのは白人vs黒人だけではありません。
黒人vsヒスパニック
ヒスパニックvsアジア
アジアvs中東
裕福な黒人vs貧しい黒人・・・


誰もがお互いを疑い合い、些細な事で憎み合い、命を奪い合う。
9・11以来、他人に対する猜疑心や憎しみが、より深まって行ったアメリカ。
その中で常に三角形のトップにいるとされるのは、やはり白人です。
でも・・・どうして白人だけが偉いのでしょうか?
白人と一口に言っても、アイルランド系、スコットランド系、ドイツ系など、所詮は入り混じった血の筈です。
肌の色や生まれた土地だけで、偉いもへったくれも無いと思うのですが・・・。
同じ人間じゃないですか?
しかし、略奪や殺人の理由が少なからず「肌の色だけ」と言う事がまかり通っているロスでは、そんな事所詮“現実を知らない者のキレイ事”なのかもしれません。
深いです。
どこまでも深すぎる問題、人種差別。


ただ、こんなに重いテーマなのに観終わった後心に希望が残るのは、作品に愛が貫かれているからでしょう。
どんなに憎悪がはびこっても、親が子を想う心 や 子が親を想う心 や 愛する人を想う心 は消えはしないのです。
憎悪の陰にはきっかけがあるように、何かのきっかけで寛容の気持ちに変わる事もある筈。
そんな希望を感じました。


大勢のキャスト達がそれぞれ抱える心の闇を、複雑に絡ませ合いながらまとめていく脚本は、見事としか言いようがありません。
私はロスに行った事もありませんし、実際のロスをどれだけ知っているのやら(大して判っていないのでしょう)・・・。
しかし、ここに描かれたロスはきっとリアルなロス(アメリカ)の姿なのだろうと思いますし、能天気な娯楽作品に映し出された底抜けに明るいロスの太陽は、作り物の太陽のような気がします。


この現実から目を背けていたのでは、憎しみは終わらない。
このような映画が作られるアメリカは、まだ救われる余地がある。
そう思いたいです。


助演男優賞にノミネートされたマット・ディロンが、持ち味をいかした“虫唾が走る”嫌な奴を味わい深く演じていれば、 昨年 『ホテル・ルワンダ』 で主演男優賞にノミネートされたドン・チードルも、心に大きな傷を抱えつつ母親に報われない愛を捧げる“哀しい男”を情感たっぷりに演じ、その脇で 『ハッスル&フロー』 で助演にノミネートされたテレンス・ハワードが、黒人としての尊厳を踏みにじられ苦悩の表情を浮かべます。
よくもまあこれだけ、演技の達者な役者さんばかり集めたものだ、と演技のアンサンブルだけでお腹いっぱいです。
オスカー授賞式で、すっかり浮き足立っていたリース・(ハッピーブロンド)・ウィザースプーンの旦那さま、ライアン・フィリップもしっかりとした仕事っぷりで安心しました。


そもそも 『ブロークバック・マウンテン』 と比べる事が、ばかげた事だったのでしょうね。
どちらがより優れている、なんて無意味な事です。
どちらも愛を描き、人間の本質を描いた、素晴らしい作品でした。
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