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『ミスター・ガラス』

2019年01月29日
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※ のっけからネタバレしています



あらすじ・・・
正義のヒーローと悪の帝王とその両方を、神さま気取りの自警組織が公平に始末します。


『ミスター・ガラス』はやさしくない。
過去のシャマラン作品、中でも『アンブレイカブル』『スプリット』を観ていない人にはやさしくない。
観客が『ミスター・ガラス』で最初に目にするのは、引き締まった体に落ち着いた色調のスカートをまとった禿頭の男性と、拘束された四人のチアガール。
男性はチアガールに近づき、優しく語り掛ける。
「ピーナッツバターサンドはいかが?」
もう既にわけがわからない。

『スプリット』を観ている人には、この人物が女装した男性ではなく「パトリシア」という女性だということがわかる。
そして、『スプリット』のラストで廃動物園から逃げおおせた24人のマカヴォイが、新たな犠牲者を作り出そうとしているのだと察する。
続いて画面に現れるのは、通行人にいきなり暴行を加え、それを動画配信サイトに流して炎上を期待するクズと、彼らの家に侵入し制裁を加えるブルース・ウィリスだ。
どうしてブルース・ウィリスはこんな自警活動をしているのか。
しかも彼を手伝っているのは息子とおぼしき青年ではないか。
『アンブレイカブル』を観ている人には、この青年が父親の不死身を信じて拳銃を握っていた、あのいたいけな少年の成長した姿だということがわかる。
そして、『アンブレイカブル』のラストで自らの宿命を悟ったブルースが、息子をサイドキックにヒーロー活動を続けていたのだと察する。
しかし、観ていない人にはわからない。 
わからなりに、きっとこれは悪いマカヴォイをブルースがやっつけるヒーロー物なのだろう、と察し始めると、その刹那、ブルースとマカヴォイは警察に逮捕され、精神病院に強制収容される始末。
そして、満を持して車いすの上のサミュエル・L・ジャクソンが登場するのだ。

ここまでは本当にやさしくない。
「おまえら誰なんだよ」、という思いが「みなさんご存じでしょう」に弄ばれる数十分。
前2作を観ている(ことはもちろんのこと、中でもシャマラン作品をすきでい続けている)人は、精神病院に三人が揃い踏みという状況だけで大興奮だけれども、初見なら、「へぇー、ブルース・ウィリスが出てるのかー なんかのアクションかな?」ぐらいのテンションで来たのなら、戸惑う人も多いのではないだろうか。

しかし、ここからは一気に、いや、これはわたしの「そうであってほしい」という希望というか願望なのかもしれないが、ここから物語は一気にわかりやすくなってゆく。

壁を手づかみで登れるほどの強靭な体力をもつマカヴォイ、老いていながら彼と互角に戦えるほどの力をもつブルース、そんなブルースと過去に因縁があったらしきサミュエル兄貴。
彼らを「治療」するためやってきた女医は、ひとりひとりと面談を重ね、粘り強く彼らのバックボーンを解き明かしてゆく。

チアガールを監禁していたジェームズ・マカヴォイ(ケビン)は、幼いころ受けた虐待のせいで解離性同一性障害を発症した不幸な青年。
24ある人格の中でも過激な思想を持つ人たちが女の子をさらい、聖なる捧げものとして殺害していた。
悲惨な事件だけれど、これはあくまで現実の病気が引き起こした事件で、超常現象ではない。

凶悪なYoutuberやマカヴォイのような犯罪者を尾行し、勝手に制裁を加えていたブルース・ウィリス(デヴィッド)は、幼いころクラスメイトからのいじめで溺死しかけた過去を持つ。
それが原因で水が苦手になり、一方で強烈なトラウマを克服するため体を鍛え、悪を処罰するようになった。
助けられた人たちもいるけれど、これはあくまで法を無視したひとりよがりな正義であり、現実を超越したスーパーヒーローなどではない。

過去にいくつものテロ行為で数百にも及ぶ犠牲者をだしてきた犯罪者サミュエル・L・ジャクソン(イライジャ)は、骨形成不全症という先天性の疾患を抱えうまれてきた。
すこしの衝撃だけで体中の骨が折れ、入退院を繰り返したサミュエル兄貴は、はたして喜びよりも痛みの方が多い己の人生に意味はあるのだろうか、と問うようになり、その答えを手に入れるため大量殺戮を企てるようになった。
すぐに壊れてしまう自分がいるのは、絶対に壊れない誰かが存在するためだ、と信じたくなる気持ちは、彼の生い立ちを考えるに同情を禁じ得ないけれど、これはあくまで長い闘病が導いた妄想であり、狂信であり、神話の証明などではない。

女医によって彼らの思想に原因が与えられ、特殊性は打ち消されてゆく。
『アンブレイカブル』『スプリット』を観ていない人にも伝わったであろう、このガッカリ感。
多重人格の力持ち・マカヴォイ、体力自慢の正義感・ブルース、病弱からきた自己肯定欲求の塊・サミュエル兄貴。
特別だと思ったのに、普通の人。
じぶんにもなにかできると思っていたのに、無力であると突きつけられるかなしみ。
堅い岩盤だと思っていた足元の地面が、シフォンケーキみたいにふわふわだったことの衝撃。
『アンブレイカブル』『スプリット』を観ている人には、さらなるガッカリ感が押し寄せた。
いやいや、彼らはちょっと才能ある程度の人間じゃないよ!ぜったい怪我しないんだよ!とあの時のジョセフ少年のように首を横にふりたくなる一方で、もしかしたら、と疑問がよぎる。
たしかに解離性同一性障害の原因は虐待かもしれないし、ブルースが溺れる以前になんらかの病気を患ったり怪我をしたりしたことがあるかどうかはわからないし、サミュエル兄貴は体が弱くて頭がいいけどそれを理由にテロをするのはあたまおかしい。つまりあたまおかしい。どうしよう、マジであたまおかしい。

いったんあげて落とされる。
前二作を観ていない人も、観ている人もきっと感じたはずの喪失感。
抱いていた期待をひょいと取り上げられた時の喪失感。
しかし、ここからが本当のシャマラン本領発揮タイムの始まりなのだ。
我々は、落とされたのちに、またあげられるのである。

先日、シャマラン先生のインタビューを読んだ。
『シックス・センス』で大ヒットをとばしたあと、先生はハリウッドの寵児となりめちゃくちゃチヤホヤされまくったらしい。
「よっ!天才!」
「今度はうちで撮ってくださいよ先生!」
「なに言ってんだ!先生はうちで撮ってくれるんだよ!ね、先生!」
しかし、先生の新作が思うようなヒットを生み出さなくなった途端、取り巻きは手のひらを返し先生を嘲笑するようになる。
「よっ!どんでん返しの一発屋!」
「あいつもう才能ないよね」
「映画撮りたい?金は出さんぞ!」
おまえらの舌は何枚だと言いたくなるけれど、それもまた現実だ。
自分がどれだけ自分の力を信じようとしても、周りから全力で否定されるこの世の地獄。
だからこそ、ケビンであり、デヴィッドであり、イライジャだったシャマラン先生は彼らをふたたび輝かせたのだろう。
彼らになにかを期待していた我々に、輝きを与えてくれたのだろう。

実は、女医はとあるハイソサエティな団体に属していた。
政府の高級官僚や警察組織にまでメンバーを潜ませるその団体は、手首に三つ葉のタトゥーを入れていることと、ブルースたちのような特殊な能力をもった人たちの存在を世の中に知られないよう秘密裏に処理してきたことぐらいしか明らかにならない。
「普通」から外れた力は、人々を不安にさせるからなかったことにしよう。
正義だけを、悪だけをなくしたら均衡がくずれるから、両方消してしまおう。
全ては世の中のため。 
しいては他とは違う能力のせいで生きづらさを抱えてきた彼ら自身のため。
女医たちは、あくまで「よかれと思って」自分たちが普通じゃないと判断した人たちの存在をなかったことにしてゆく。



わたしが『ミスター・ガラス』に心を打ちのめされたのは、まさにこの部分だった。



マカヴォイのように超人的な力を持たず、ブルースのように不死身の体を持たず、サミュエル兄貴のようにドチャクソが頭よくないにせよ、いわゆる「普通」という「枠」から外れた人たちはいる。
わたしの娘もそうだ。 
彼女は発達障害者で、幼いころから「普通」とは違っていた。
早い段階で診断を受け、療育を受けたり薬を飲んだりしながら、ゆっくりゆっくりと成長していったものの、治る病気ではないのであくまで障害とひざを突き合わせ、なんとか折り合いがつくようやっているというのが現実だ。
わたしは娘の障害を恥と思ったことは一度もない。
むしろ、彼女の爛漫さ、素直さ、不器用さが愛おしくてたまらない。
彼女の存在を、きっとほかの家庭の障害をもたない子どもたちにその保護者が抱くのと同じように、特別なものだと思っている。
しかし、もちろんかわいいだけで済んだら障害でもなんでもないのであって、娘の人生は、それはもう苦難の連続だった。
周囲との違いに苦しみ、コントロール不能な発作的衝動に振り回され、自己嫌悪に陥り、少しの理解を求めては得られずまた苦しむ。
そんな娘の現実をわかってほしくて周囲に「発達障害だもんでね」と話すと、今まで何度も「発達障害なんかじゃないよ!」と否定されてきた。

もちろん、否定してきた人の中に「よかれ」と思って言ってくれた人も多いことはわかっている。
病気なんかじゃないよ、ふつうだよ、子どもなんかそんなもんだよ。
やさしさのつもりでかけられた言葉が、わたしの心に重くのしかかる。
いや、障害だから。 さまたげられてるから。 娘の人生に実害出てるから。
「普通」の子が二、三回で出来ることを100回やっても出来ないことは、着実に娘の足かせになっている。
ただ、それもひっくるめての娘なのだ、と。 認めてほしかっただけなのだ。

特殊能力がいいものばかりとは限らない。
サミュエル兄貴が悪い方向にふれてしまっていたように、本人の人生のさまたげになるような特殊能力だってある。
しかし、娘は困難なことが多い一方で、わたしがびっくりするような想像力を発揮することもある。
ルールに縛られない空想・想像の世界で、彼女は天才なのだ。
彼女は、発達障害で、生きづらさを抱えていて、あふれんばかりのイマジネーションの源泉で、世界にひとりしかいない特別な人間なのだ。
それを「よかれ」と思って否定してくれなくてもいい。
「普通」の「枠」に無理やりはめ込もうとしてくれなくてもいいのだ。
だって、「枠」の中にいないことは悪いことじゃない。 
恥でもないし、うしろめたいことでもないじゃないか。

一度は女医によって「枠」にはめ込まれそうになったマカヴォイ、ブルースは、決して自分の能力を疑わなかったサミュエル兄貴によって再び力を取り戻す。
そうであった自分に戻る。
大事なのは、自分が他人と違うということを恐れないこと。
そして自分が持っている力(才能)を信じること。
シャマラン先生からのでっかい想いがスクリーンを満たし、わたしは静かに涙を流した。
マカヴォイもブルースもサミュエル兄貴も、自分がなすべきことをやり遂げた結果、団体に処理されてしまったが、彼らの存在はなかったことになるどころか「ある」ものとして、世界に二度と消えない痕跡を残すこととなる。

シャマラン先生は神話という形でヒーローの誕生を描いたと同時に、この世の中にきっといるであろう、「特別」な人たちを肯定してみせた。
「普通」と違うことはおかしいことじゃない。
たとえ周囲に否定されたとしても自らの才能を見捨てなくていい。
夢は捨てなくていい。 
そのままの自分でいればいい。

『ミスター・ガラス』はやさしくない。
しかしそれは入口だけだ。
シャマラン先生がこしらえた迷路の先に待ち受けている、あたたかくも力強いメッセージを、どうかまっすぐに受け止めてほしい。


わたしは思う。

『ミスター・ガラス』ほどやさしい映画はない、と。




- 追記 -

・ と、いうことでさいこうでしたよ! 泣いた泣いた! 19年かけてこんなさいこうな映画撮ってくれるんだからシャマラン先生マジ一生ついていくわ!

・ 正直、わたしが感じただけなので、別に発達障害の映画でもなんでもないですよ!

・ あと、劇場で観ていたほかのお客さんがどう思ったかは知らん! 

・ 伝われ・・ 噛めば噛むほど味が出るシャマラン・ワールドの愉しさ・・・・!

・ マカボイがすごいのは『スプリット』で証明済みでしたが、今回はさらに輪をかけてすごかった。 ギャラ24人分あげてくれ!!

・ 息子のジョセフを子役からそのまま演じていたスペンサー・トリート・クラークさんがまたいいんですよねー! ホラー映画の脇役ぐらいでしか観てなかったけど、本作で再ブレイクするんじゃないかな!してほしいな!!

・ 散々オオサカビルでの決戦を匂わせときながら、病院の庭だけで終わらせるシャマラン先生さすがっす!!

・ キリスト教でおなじみ三位一体を現す三つ葉の団体。 まさか続き作りませんよね? まぁ、作ってほしくないっていったらウソになりますけどね!




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『アントマン&ワスプ』

2018年09月05日
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あらすじ・・・
30年前「量子世界」に迷い込んだまま生死不明だった母を探しに行きます。


(※ 以下ネタバレしています)



物語は、親友バッキー・バーンズを救うためソコヴィア協定に背いたキャプテン・アメリカが体制側についたアイアンマンたちと闘った際、独断でキャップ側についたアントマンことスコット・ラングが刑務所に入れられ、司法取引の末2年間の自宅謹慎を受け入れている場面から始まります。
とはいっても、そのほとんどの時間はすでに過ぎ、謹慎生活も残すところあと3日
監視GPSを着けられ自宅から出ることを許されなかったスコットは、愛する娘キャシーと自由に外で遊べる日を心待ちにしていたのでした。

一方、天才科学者ハンク・ピム博士はというと、自分が作ったアントマンスーツを数年前スコットに預けた際、彼が量子世界に入り込んだのち無事生還を果たしたことを受け、長年諦めていた「量子トンネル」の再開発に挑んでいました。
30年前、多くの人命を救うため自らを犠牲にし量子世界へ飛び込んだ妻・ジャネット。
原子よりさらに小さい量子の世界に迷い込んだら最後、戻ることは不可能とされ、永遠にそこを漂い続けるしかないと思われていたが、そうではなかった。
トンネルさえ完成すれば、量子世界へジャネットを探しにゆくことができる。
妻はきっとまだ生きている。
きっと自分たちが迎えにくると信じている。

それぞれが2年の時を経て、「自由の身」と「妻の奪還」まであと一歩と迫る中、灰色の影が彼らに忍び寄ります。
幽霊(ゴースト)のようにおぼろげなその姿の正体はエイヴァというひとりの女性。
彼女もまた、どうしても早急に果たさなければならない使命をかかえた悲劇の人物だったのでした・・・。


と、いうわけで、前作に引き続き今回も実にシンプルで熱くてユーモアたっぷりで伸縮自在なアクションもゆかいだった『アントマン&ワスプ』!
ほんとにシンプルですよ!
「みんなが量子トンネルをほしがる」っていう、ただそれだけのお話しですからね!
ややこしい人間関係や科学の話も一切なし! いや、あるんですけど気にしなくていい! 量子がどうとかなんとかテクノロジーがどうとか聞き流せばいい! 量子トンネルの実験室が入っているビルがあって、そのビルはピム粒子でスーツケース大に縮められるという点だけおさえていればだいじょうぶなんです!
あとは登場人物総動員でスーツケースの争奪戦が繰り広げられるんです!
やっさし~~い!!! わっかりやす~~い!!!

もちろん、スーツケースをめぐるドタバタだけではありません。
彼らの原動力となっているのは、親子の愛情。
実の母(妻)をなんとしてでも助けたいという想いと、血はつながっていないけれど娘のように保護してきた子を助けたいという想い。
あとは、生きたいという強い願いと、お金がほしいというストレートな欲望。
強い気持ちと強い愛が織りなす人間模様が、時にわたしの涙腺を緩め、時に闘争本能を刺激しました。
そう、刺激されたんです!
ホンマこのワスプ先輩がかっこよくてですね~!!!!
前回アントマンが披露してくれた画期的な縮小拡大アクションは、羽とブラスターが加えられたことによりさらに洗練され、っていうか、ワスプのスーツを着たホープさんは、スコットがアントマンになる以前からずっとスーツを着て闘うことを望んで鍛錬に励み続けていた人なわけですから、そもそもの話としてどちゃくそ強いんですよね! 気合も気概もケタが違うよってに! そこに機能がプラスされるんですから、そりゃもうスーパークールですわ!! 
なんというでしょうかね、スマートなんですよね、闘い方が。
スコットにはスコットの魅力(羽アリに乗っかったりひょうきんになったり)があると思いますが、ワスプ先輩の流れるような攻撃&防御、見事でした! カーチェイスもさいこう!!

シンプルなストーリーを彩るヴィランもまたよくてですね。
アントマン&ワスプの前に立ちはだかるゴーストことエイヴァは、スケールのでかい野望を抱えているわけではないただの若い女性。
ただ、彼女が抱える悲劇的な人生はそれはとても壮絶でした。
シールドの研究員だった彼女の父親は、ピム博士の元から量子トンネルの設計図を盗み出し、ひとりで完成させようと自宅でこつこつ製作に励んでいたのですが、博士ほど優秀でなかったせいでトンネルは大暴発。
その際、父親のそばにいようと駆け寄ったエイヴァは量子波のようなものを大量に浴びてしまい、以来ずっと彼女の細胞は量子レベルで不安定なまま、ついたり離れたりを繰り返すようになってしまったのです。
父親の古巣であるシールドが救いの手を差し伸べるものの、父親の同僚だった研究員フォスターにできたのは、特殊なスーツで量子フェージングを抑制することだけ。
そして、治る見込みのない彼女の能力に目をつけたシールドは、あろうことか彼女を工作員として養成するのです。
いつか見つかるかもしれない治療方法のため、殺人を含めたありとあらゆる汚れ仕事に手を染めるエイヴァ。
ひとときも止むことなく体中を襲う激痛と、いつ来るかわからないリミット、つまり彼女の身体が量子フェージングに耐えられなくなる日。
そんな状態で10数年も生きてきたエイヴァを観ていると、わたしの脳裏には否が応でも、同じく自分の意思とは関係なく人体改造され、挙句組織にいいように利用された悲劇の暗殺者の姿が浮かんでですね・・・ そう・・・もうおわかりでしょう・・・ ・・ウィンター・ソルジャーことバッキーちゃんのことですよ!!!
あと2~3週間しか身体がもたないだろうとフォスターに宣告されたエイヴァは、量子トンネルの入ったスーツケースをピム博士から奪うため、スコットの娘キャシーをエサに使おうと提案します。
さすがにそれは人としてダメ、と却下されますが、物心ついたころからシールドの工作員としてこき使われていたのに、人としてダメもへったくれもないですよね。 
それがダメならお前らがやってることこそ全部アウトやろ、と。 
そういう道理の通し方を彼女に叩き込んできたのどこの誰やねん。
ほんまシールドはクソですわ~~!!! 
すでにヒドラに乗っ取られていた時期なんでしょうけど、いちおうアイパッチ野郎の現役期間でもあったので、あいつ込みでクソですわ~~!!!

そんなもんね、エイヴァを憎む気なんて1ミリも起きませんって。
アントマンとワスプに阻まれ、トンネル強奪にも身体の治療にも失敗し、絶望に襲われていたエイヴァ。
30年ぶりに家族との再会を果たしたホープの母ジャネット(ミシェル・ファイファー)は、自分の命を奪おうとしていたエイヴァの頬にそっと触れます。
「ずっと苦しかったのね」のひとことで、堰が切れたように感情を溢れさせるエイヴァと、その痛みを癒すように包み込むジャネットの姿が本当にあたたかかった。
わたしが本作に惹かれるのは、こういうやさしさがあるからなのだと思います。
スコットの娘を見つめる眼差し。
父を守ろうとするキャシー。
予告にあったキャシーがスコットに「パートナーが必要ね」というシーン、てっきりおとうさんの恋人としてホープさんを推す意味だと思っていたのに、まさか自分がおとうさんの支えになるつもりで言っていたなんて~!! 泣くから~! そんなん娘に言われたらオレ泣くから~!!! 
沢山人の道に反したことをしてきたエイヴァを、それらの罪ごと護ろうとするフォスター。
何十年経とうとぜったいに家族の生存を諦めないホープ。
なんだかんだいいながら、スコットと仲間のおしゃべりにつきあってくれるピム博士。
武器商人のソニーだって、秘密を吐かせるのに拷問ではなくおくすりで対応しようとする安心設計。
悪人も出てくるけれど、どこか憎みきれないところがある(ように描かれている)のがほんとすきです。

そして、他のマーベル作品にも共通していますが、本作からも強く感じる「人はやり直せる」というメッセージ。
たとえ間違いを犯していたとしても、その後のありようや他者との関わり方で人は変われるし、その変化は受け入れられていいのではないか。
絶対に裁くなとかそういう極端なことではないと思うんですよね。 
どうしてもゆるせないと感じる人がいるのも当然のことでしょう。
ただ、人にはいろいろな要因から選択を誤ることが少なからずあって、そういう時、過ちを認め深く悔いた姿にもう一度チャンスを与えようとする人がいてもいいと思うのですよ。

人を赦すのには勇気が必要です。 
自分の中にある怒りを納得させるのは難しいことだし、もしかしたら再び裏切られるかもしれないという疑念も尽きない。
白黒つかない感情の中、勇気の先にあるのは失望ではなく希望だと信じるしかないという困難さ。
ただ、難しいからこそ、やってみる価値もあるのではないか。
ジェームズ・ガン監督の一件があった今だからこそ、本作で勇気ある一歩を踏み出す人たちの姿が胸にしみましたね・・・。
聞いていますか・・ ディズニーのえらいひと・・・ いま全身全霊できさまに嫌味を言っています・・・ 清廉潔白みたいなツラしやがって・・・ いままでなに描いてきたんですかこのやろう・・・


ということで、『アントマン&ワスプ』、わたしは大満足でしたし、MCUの全作品の中でもかなりお気に入りの一本になったと思います。
気に入った割には、もう一度観返したい気持ちになっていないのですが、いや、観たいんだけど観たくない複雑な気持ちなのですが、来年以降また改めて観ようと思います。

え? なんで気に入ったくせに観たくないのかって?

では最後にその理由を書き記して、今回の感想を終わりにしようと思います。
そもそも本作はシビル・ウォーの2年後を描いた物語だった。
厳密にいうと、シビル・ウォー後自宅謹慎を命じられたスコットが、あと3日でおつとめを終えるトコロから始まっていた。
要するに、がっつり『インフィニティ・ウォー』どまんなかのお話だったんですよ!!!! 誰だよ!「インフィニティ・ウォーの殺伐とした雰囲気とは正反対のほのぼのアクション」とかなんとか言ってたの!!「インフィニティウォーとは違って陽気な映画」とか「インフィニティウォーのつらさを忘れられる一服の清涼剤」とか言ってたの! 全力で傷口に塩塗りにきてるじゃん!!!

ほんとにね・・・自分が『インフィニティ・ウォー』で負わされた傷は、まだこんなに癒えていなかったのか、と実感させられましたよね。
なんつったって、冒頭マーベルのロゴが出た時点ですでに泣いていましたからね。
あのロゴを観た瞬間、文字に重なるみんなの姿・・・ああ・・・マーベル・・・10・・・・ って認識した瞬間、嗚咽が漏れてましたから。
我ながら情緒がひどいです。
そこから気持ちを切り替え、「これはアントマン・・・ インフィニティ・ウォーのアレとは別のお話・・・ キャシーかわいい・・・スコット尊い・・・」と作品に没入して、やさしい世界に癒されたところであのエンドロールおまけですよ?!
しかも、みんながファサっと消える瞬間は映さず、漂う塵だけをみせるという、「おわかり、いただけただろうか・・」感! 
ついさっき、家族が30年ぶりの再会を果たしたばっかやっちゅうねん! どんなアメとムチやねん!!
もうね、ここまでのやさしい内容が一気に吹き飛びましたよ、わたしはね・・。
流れゆくスタッフの名前を観ながら泣いていました。
最後の電子ドラムをたたくアリ君ぐらいじゃあ持ち直せないですよ・・ やってくれよった・・・ ペイトン・リード監督はかわいいかおした悪魔やで・・・

まあね! わかってますよ! インフィニティ・ウォーとのつながりが必要なことはね!
それに、ジャネットが言っていた「時間の渦に入ったら二度と戻れなくなる」は、ダチョウ倶楽部でいうところの「絶対押すなよ!」なんでしょ! オレ知ってる! 
「戻れなくなる」は量子世界の時も言われてたことですし、きっと次回『アベンジャーズ4』は量子世界のスコットが重要な役割を果たしてくれるのでしょう。
てっきりタイム・ストーンをクルクルっつってやるんだと思っていたのですが、アントマンがみなを救うだなんてさいこうじゃないですか。
ただ、量子世界にいたスコットは、現段階では地球上で愛する人たちが消えてしまっていることを知らないわけで、ここからどうやって現状を把握し、時間の渦に向かうのか非常に気になりますね。
っていうか、もしキャシーちゃんまで消えていたら、スコットどうなっちゃうんだろう・・・
娘を想う気持ちだけで、不可能と言われた量子世界からの帰還を果たしたスコットですからね・・・ サノスぶっとばしちゃうんじゃないかな・・・ ワスプ先輩が言ってたよ・・・ サノスの耳の穴から入って脳みそぶちまけてやりゃいいんだって・・・わしもその案いいと思う・・・やったってくれ・・・ たのんます・・・


ということで、また来年『アベンジャーズ4』でお会いしましょう!!! (その前に『キャプテン・マーベル』があったんだった・・・)



関連感想
『アントマン』(シリーズ前作)
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(アベンジャーズ前作)
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(ソコヴィア協定のくだり)





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『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』

2018年04月28日
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本作はルッソ監督からネタバレに関する箝口令が敷かれていますので、以下ネタバレなしの感想をお届けしたいと思います。
たぶんなしです。
しかし、わたしの「ネタバレ」の線引きがみなさんのそれと一致しているとは限りませんので、少しでも本編を匂わせるような情報は入れたくない、という方はぜったいに見ないようにしてください。



マーベル・シネマティック・ユニバース、通称MCU。
次に作られる関連作品への橋渡しのため、毎回エンドクレジットのあとにおまけ映像がつけられることがお馴染みとなっており、最近では映画の冒頭に「本編が終わってからも続きがあるから最後までみてね」というテロップまで流されているという。
そしてまた、流されていてもなお、エンドクレジットが始まった瞬間席を立つ観客が少なからずいるという。
生理現象がのっぴきならないこともあるだろう。
おまけなんぞには興味がないこともあるだろう。
エンドクレジットの長さに正直辟易していることもあるだろう。
本編を観に来て、じっさいそれは終わったのだからもう映画館に用はない。

わかる。
わたしは最後まで観ないと無理だけど、席を立つ人の気持ちもわかる。
しかし、『インフィニティ・ウォー』の本編が終了したその時、水を打ったような劇場、暗闇の中立ち上がる人はいなかった。
皆がただただ重いためいきをつき、スクリーンに映し出されるスタッフの名前をじっとみつめていた。
もうね、観るしかないんですよ。
今や、すがれるものはおまけしかない。
たのむからおまけくれよ! このまんまで帰れねえよ! 
あるんだろ?おまけ! いつもみたいにさぁ! 
とにかくくれよ! オレたちになにがしかのおまけをくれ!! おたのもうします!!!


ということで、10年間に渡りわたしたちをわくわくさせたりハラハラさせたりどきどきさせたりメソメソさせたりしてきたMCUの最新作、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』を観てきましたよ。
それはまさに、今までに観た事のない映画でした。
まさかこんなことが起こり得るとは・・・。
心のどこかで引いていた予防線を軽々と踏み越えてゆく、とてつもない映画。
過去10年間、合計18本もの作品たちは、たしかにこの一本のために作られたのだなぁと納得できます、いや、納得せざるをえません。

「キャップもアイアンマンもドクター・ストレンジもソーもハルクもガーギャラもぜーんぶ知ってるよね?人間関係も把握できてるよね?わかんないならわかんないでいいよ!先すすめるからね!」
と言わんばかりに、本編が始まるや否や怒涛の展開。
観客に驚く隙も嘆く隙も与えず、あっという間に宇宙の危機はまつげに触れんばかりの距離まで迫り、そしてタイトル『アベンジャーズ』。
ごくりと生唾をのみこんでいる間に、お馴染みのヒーローたちは様々な場所に舞台を移しては、闘い、冗談を言い、深い傷を負い、絶望し、のたうちまわり、希望をつなぐ。
キャラクターの口から飛び出すジョークにくすりと笑いがこぼれる瞬間もたくさんあるけれど、笑ったとおもったら次のシーンでは涙がこみ上げてくる。
この感情の揺れ動かされ方はなんなのだろう。

内輪もめや兄弟ケンカや親子ケンカやテロリストやマッドサイエンティストやどさぐれチンピラ宇宙人の手から地球を、宇宙を守ってきただいすきなヒーローたちが、最後に対峙することになった最大の敵・サノス。
その強さ、その弱さの表し方の、なんと巧みなことか。
予告を観た時、「顔を青に塗ったブルース・ウィリスにしかみえない」などと思っていたのはなんだったのだろうかというくらい、サノスは圧倒的に恐ろしく、驚くほどやさしく、「慈愛」に溢れた怪物だった。
観終わった時、観客の多くはサノスに惹かれているだろう。 
愛しこそしないけれど、サノスの行く末をヒーローたちの未来と同じぐらい気にかけているだろう。
もう、ただの宇宙ゴリラだなんて呼ばせない・・・
製作者の強い意志がそこにあった。

サノスに対抗しようとする銀河系ヒーローたちの奮闘も、150分という上映時間でよくぞここまで、という見事な盛り込み具合だった。
久しぶりに地球に戻った者、数十年ぶりに地球人と交流した者、敵味方に分かれていた者、志が同じであると知らなかった者。
わたしたちとにっては見慣れたヒーローたちが、「はじめまして」でハイレベルなイヤミをかましあったり、「おひさしぶり」の邂逅に歓喜したりする姿は「至福」のひとことでしかない。
わちゃわちゃしているヒーローたちを見つめながら、「あなたとあなたは気が合うと思ってたんですよ!」とか「ですよねー!あなたはこのくだり知りませんでしたよねー!」とか「案の定エゴとエゴがぶつかりあってる!」とか思えることのしあわせ。 
視点はまさに、18作すべてを劇中から見届けてきたスタン・リーのそれである。
「ご存じ」のテイでビュンビュン進むストーリーに一切の無駄はなく、20数人ものヒーローすべてにそれぞれの特性を活かした見せ場があるのもすばらしい。 
ここに辿り着くまでにどれだけのエピソードが泣く泣くカットされてきたのだろう。
もちろん、カットされてきたに違いない。
なんだったら全部観せてくれていいんですよ。 特にキャップのくだり、あるんでしょ? 絶対あるでしょ? 撮ってカットしたか、撮る前にカットしたかわかりませんけど、こっそり持ってんでしょ? 出しなさいよ! ありったけ出しなさいよ! Blu-ray特典だなんてケチなこと言わず、『キャプテン・アメリカ番外編 キャップ放浪記』とかなんとかタイトルつけて来年までに公開しなさいよ!! ええ?! 聞いてんのかルッソ兄弟このやろう!!(※一部監督に失礼な発言があったことをお詫び申し上げます)

感情のバランスがおかしくなりそうなほど、しかし決して破たんすることなく詰め込まれた、可笑しく、悲しく、かっこよく、痛ましいヒーローたちの姿。
今までに観た事のないMCU、『インフィニティ・ウォー』は終わった。
あとに残されたのは大きすぎる満足感と、かき乱された心だけだ。
そうだ、心の均整をとるために『キャプテン・アメリカ』シリーズを観直そう。
けれど、キャップのシリーズはどれももともとしんどいんだった。
じゃあ『アイアンマン』シリーズを観よう。
『マイティ・ソー』を、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を、『ドクター・ストレンジ』を観よう。

どれも今は観られない。
『インフィニティ・ウォー』を知ってしまった今は、過去のどのMCUも観ることができない。
今までのように無邪気にたのしむことができない。
彼らの闘いの先に待ち受けている未来を観てきたわたしは、彼らの栄光を冷静に受け止めることができそうにないのだ。
なんちゅうものを作ってくれたんや・・・
来年『アベンジャーズ4』があるからって許されるもんやないぞ・・・
この気持ちをどう収めろと・・・ ・・わかりました、ひとつだけ方法があります・・キャップです・・・キャップの番外編を出すのです・・・ きっとどこぞに撮りためたフッテージがあるでしょう?それを放出するのです・・・ キャップとバッキーちゃんが世界各国を逃亡しながら、おいしいものを食べたり、シャンプーの種類について語り合ったり、ヒドラあるあるで盛り上がるお話しだけで一本作るのです・・・ なに?無いだと?! じゃあ作りなさいよ!! 『アベンジャーズ4』の編集はいったん置いといて、超特急でこしらえなさいよ! 『キャプテン・アメリカ番外編 キャップ&バッキー放浪記』を年内公開しなさいよ!! この際ネット配信でもいいんですよ!! ええ?! 聞いてんのかルッソ兄弟このやろう!!(※一部監督に失礼な発言があったことを重ねてお詫び申し上げます)

MCUを、アベンジャーズを愛し、追い続けてきたファンには、いろいろな意味で最高かつ最悪かつ超絶におもしろかった『インフィニティ・ウォー』。
衝撃はすさまじい。
けれど観て後悔はない。 いや、観なければ後悔する大傑作だと思います。
映画館でもいい、ソフト化されてからでもいい、みなさんが本作を鑑賞される日が少しでも早く訪れることを切に願います。
そして来年、再びこの映画の世界でアッセンブルしましょう!! 








ということで、いちおうわたしなりにネタバレ回避した感想を書いたので、以下はネタバレ解放していきます。 もういいですよね? ルッソ監督もゆるしてくれますよね? ちゃんと分けて書くからゆるしてくれますよね? っていうかこの気持ちネタバレなしで収められるかっつうの!!!

ここからネタバレしますので、未鑑賞の方はぜったいに見ないでください。 本当に見ないでください。 「本編は観る予定ないけど感想だけみてる」派の方も見ないでください。 とにかく鑑賞後の方だけお進みください。



・ 第一印象 「なんつうことしてくれたんやワレ!!!」

・ そうでなくてもしんどい『キャプテン・アメリカ』シリーズ、これのせいでさらにしんどみが増すことに。

・ っていうか過去のMCU作品全部しんどい。

・ あれもこれもみんな、「がんばってきた結果がこれか・・・」ってなっちゃうじゃないですか! 特に『マイティ・ソー バトルロイヤル』! 

・ あの心躍る大乱闘! アスガルド消滅という悲劇はあったものの、残された民と新たな王が共に新天地を目指そうとしていたあの希望溢れるラスト! それがそのまま大虐殺で本作の幕明けになるという鬼畜行為・・・ いやそりゃ確かに最後サノスの船に出会ってましたよ? でも本作始まったら既にアスガルド民全滅ってひどくないですか?! 『バトルロイヤル』めっちゃたのしかったのに! MCUシリーズの中でもトップクラスにすきだったのに! っていうかヴァルキリーどうしてくれたんだよ!! 鬼!悪魔!!!

・ 主要メンバーが容赦なく死ぬ、とは匂わされていたものの、まさか映画の冒頭10分ぐらいでロキちゃんが死ぬとか思わないですよね・・・。 ヘイムダルも出番すらなかったヴァルキリーもしんどいけど、やっと兄上と和解できたロキちゃんがサクッと死亡フラグ立てて音速で回収するのつらすぎます・・・ そんなお別れありかよ・・・

・ ふつうの映画だったら生き残るはずのヒーロー。 弾も当たらないし、傷も治るはずのヒーローが一瞬ではらはらと散ってゆく姿は残酷という言葉すら生易しいほど無情。 観るものを感傷に浸らせることすらゆるさない。

・ もちろん、一千万回以上「起こりうる未来」を見てきたドクター・ストレンジが辿り着いた、唯一の勝利への道がこのラストなのでしょうから、次回『アベンジャーズ4』ではなんやかんやでガントレットを取り戻すのだろうと思いますよ。 まだバナーはハルクに変身していないし、キャップのシールドも戻ってきていませんからね。 バッキーちゃんもワンダちゃんもスター・ロードもスパイディも、全員まとめてタイム・ストーンくるくるっつってシュバババっつって復活させるんでしょ?!そうなんでしょ?! ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーのメンバーやブラックパンサーが消えてましたけど、彼らは続編の予定がありますもんね! 絶対復活させてもらいますよね!(汚い大人の考え方)

・ むしろ、今回消えたヒーローのほとんどが新規参入メンバーで、古参のみなさんが軒並み生き残っていることの方が、わたしはおそろしい。 次回、古参が犠牲になって新規をよみがえらせるとかやめてよね!! バッキーちゃんとキャップなんて、やっと洗脳も解けて組織がらみの重圧も解けて自由になったのに・・・  また離れ離れにでもしようものなら、オレはぜったいにルッソ兄弟をゆるさない・・・  具体的にどうゆるさないかわからないけど、とにかくぜったいにゆるさないぞ・・・ じっとりとした眼差しをおくりつづけるぞ・・・・!!!

・ マジでこんな終わり方されて来年の『アベンジャーズ4』までどうやって生きながらえろというんですか・・・ 過去作を観直すのもつらいのに・・・  もうアレだな!これは『インフィニティ・ウォー』を一年間ロングランするしかないな! ほんで一年後そのまま『アベンジャーズ4』を続映するの! そしたら待ってる感薄れるじゃん!

・ MCU杯クズ親宇宙一決定戦に大本命あわらる!!!

・ まぁホントにね、過去MCUには数々のクズ親が登場してきましたけどね、本作のサノスは頭ひとつ抜けていましたね!! なんだろう、ピュアにクズ! 悪意のないクズ!!

・ 勝手に宇宙の現状を憂いて、勝手にバランスとろうとして、勝手によその星攻め込んでいって、そこでかわいい女の子見つけて即ゲットですよ。 お ー ま ー え ー な ー !!!!

・ なんや、ヒギンズ教授気分か! 「いい素材だからオレ好みの女に育ててやろう」ってか! 将来は自分の跡継ぎにってか! 他惑星に片っ端から種付けしてたピーター・クイルの父ちゃんといい、「侵略」した星の子どもを連れ帰ったオーディーンといい、エゴエゴしすぎるだろ! 子どもは大人のアクセサリーでも愛玩動物でもねえぞ!

・ またこのサノスがね、どことなくええことしてる風な顔してるのがさらにイラつくんですよね! 「人口増加による食料危機や貧困など、様々な問題を解決するには人口を半分にするのが一番手っ取り早い」って、なにその最近のスパイ映画とかアクション映画の黒幕でもよく見るやつ! 意識高い系に見えて要するにただのサイコパスなやつ! やることやっといてもっともらしいこというとか、おまえはアレか! 風俗でキッチリ発散した後、嬢に説教をはじめるおっさんか!

・ 自分の故郷であるタイタン星が人口増加でパンパンになった時、己の手を汚して星を救ったって言ってましたけど、スタークさんやストレンジ先生が訪れたタイタンは生き物の気配すらない荒れ果てた地でしたよね。 あれはどういうことなのでしょうか。 最後にアンニュイな顔して佇んでいたのもタイタンだったのでしょうか。 サノスの妄想なのか、リアル・ストーンで作り出した世界なのか・・・。

・ ホントにね、ちょいちょい「娘を愛していた」的な「宇宙のために」的なアレを挟み込んでくるのがズルいんですよね。 しんみりした顔しても、結局サノスは他人ばかりに我慢を強いて、自分の身体はいっさい痛めていないんじゃないですか。 アベンジャーズは我が身を犠牲にしてでも仲間を守ろうとする。 サノスは自分以外の犠牲を惜しまず宇宙を守ろうとする。 えらそうなこと言っててもしょせんエゴのかたまりでしかないクズ野郎ですよ。 やだなー! ああいう親にはなりたくないなー!!

・ そんなサノスを、今回唯一止めることができるチャンスがありました。 発起人はスタークさん。 作戦発案はスター・ロード。 参加メンバーはその二人に加えストレンジ先生、スパイダーマン、マンティス、ドラックス、そしてネビュラ。 それぞれの特技を活かし、サノスのわずかな隙をつき、ガントレットを奪うまであと一歩のところまで迫ったアベンジャーズ。 しかし、その作戦はひとりの暴走によって頓挫してしまいます。

・ 愛する人を奪われた怒りで冷静さを失い、感情のままに「復讐」という暴走を始めてしまったメンバー。 それはなにをやっても憎めないMCUいちの愛されキャラ、スター・ロードでした。

・ スパイダーマンとアイアンマンがガントレットをえんやこらせーと引っ張る中、サノスを煽るスター・ロード。 しかし、会話の途中でサノスの異変に気づきます。 その異変は愛するものの喪失。 すなわち、サノスが愛する娘でありスター・ロードが愛する恋人、ガモーラの死です。

・ このスター・ロードの暴走を止めようとするのが、前作『シビル・ウォー』で同じように愛するものを殺されたショックで激高し、「アベンジャーズ」という家族をバラバラにしてしまったスタークさん(アイアンマン)というね・・・ 伏線の張り方はんぱないなおい!

・でも今回もやはり、感情の暴走は止められない。 怒りに我を忘れたスター・ロードによって、サノスを止める最初で最後(と思われた)好機は失われた。 三人で引っ張っていれば、ガントレットは脱がせられただろうに。 っていうか、三人どころじゃなくネビュラも一緒に引っ張っとけよ。 もしくは取り乱すスター・ロードにウソでもいいから「だいじょうぶだいじょうぶ、おねえちゃんまだ生きてるから!いもうとパワーでピンとくるから!だからまずガントレット引っこ抜いちゃお!」って声掛けようぜ! なに実情察してしょんぼりしてんだよ! 素直かよ!

・ 復讐が身をほろぼす、という教訓と、復讐からは何も生まれない、という教訓が織り込まれた『シビル・ウォー』の先にあるのがこれなのか・・・と思うとつらすぎてたまりません。 『アベンジャーズ4』ではその辺も折り合いつけてもらえるのかな・・・ そうであってほしいなぁ・・・

・ 『バトルロイヤル』でベアハンドのポテンシャルに目覚めた兄上! でもさすがに姉上相手とサノス相手では勝手が違うと悟ったのか、即座に新しい相棒をご購入! かしこいですね!! 雷ドカーンだけじゃ歯が立たないですもんね!

・ 今回ご用意したのはトンカチではなくアックス!すなわちザ・斧! さらに増した凶器感!! でも、刃は超かたい素材だけど柄の部分はふつうに木なんですよね! 強度的な意味でそこはかとない不安が漂います!

・ キャップの全登場シーンが尊い。

・ キャップの登場シーンが絶望的に足りない。

・ 保護者のように見守っていたワンダの危機にさっそうと駆けつけるキャップ! 不本意ながら敵味方に分かれ、重症を負わせることになってしまったローズさんとの再会で、あのわだかまりのなさはキャップの人徳だけがなせるわざ! ワカンダでバッキーちゃんとハグするときの、周りがぜんぜん目に入っていない純度100パーセントの笑顔! わたしはキャップがそこにいてくれるだけでしあわせです・・・!!

・ 素手でサノスのガントレット受け止めるシーンを予告で観たときは絶望で息も絶え絶えになりましたけど、本編では思っていた以上にふんばっていたのでありがたすぎて涙がでました。 さすがはキャップ、一介の地球人にして唯一兄上のトンカチを動かした男・・!

・ でも、だったらガントレットもね、若干ヒビ入れるぐらいのことしてくれるんじゃないかと思っちゃいましたよね! っていうか入れられるでしょ、ヒビ。 ビキって。 あのサノスと力で張り合えたんですよ! なんでヒビ入るシーン作らなかったかなぁ! ルッソ監督わかってねえなぁ! しょうがないから脳内ではヒビ入ったことにしておきます!

・ そんなキャップのもとにウホホーって言いながら参上するバッキーちゃんもまた尊いですね・・・ えっ? ・・ウホホとは言っていない・・・? すみません・・一瞬「なにこのかわいらしいヒゲゴリラ・・」とか思っちゃってすみません・・・

・ ワカンダで家事手伝いみたいなことしてたバッキーちゃんかわいい。

・ 初対面の相手とのやりとりで、会話の端々に散らばっていた単語へのリアクションから、「あれっ・・ もしかしてこの人、趣味いっしょ・・?」とか「どうしよう・・めっちゃ話合う人かも・・・!」とか「さっきの話、もっと掘り下げたい・・・!」とか「でも初対面だし・・違ってて引かれたらヤダし・・」みたいな独特の波長を感じとってしまった時の沼住人特有の繊細な心の機微を、ピーター・クイルに向けた一瞬の眼差しで表現してみせたピーター・パーカーの中の人ことホランドくん、すごいねー! うまいねー!!

・ サブカルチャーすきのWピーターはぜったいに仲良くなれるタイプだと思うので、今後のフェーズでもいっぱいオフ会とかしてもらいたいものです。

・ 初めて自分よりも強い存在と対峙し恐怖をおぼえたハルクが、バナーの呼びかけに怯えてでてこないのすごい人間みある。 わかる。 今まで感じたことない感情だったんだよね。 自分は無敵の怪物だと思っていたのに、「死」の可能性を肌で感じたんだよね。 そして、きっと『アベンジャーズ4』ではその恐怖も克服するんだろうと思うし、それ想像しただけで今から感極まって泣きそうです。 がんばれバナー博士!

・ 「斬るんなら頭だろ」ってサノス言ってたけど、わしは斬るなら腕だと思う。(ガントレットごと) 兄上はどう思う?

・ 終盤、ほぼ奥歯を食いしめながら「がんばれ!がんばれ!」って念を送っていたので、エンドクレジットで意識が戻った時こめかみが痛かったです。 これから観る方は歯の治療を終えてからをおすすめします。

・ 襲撃の描写すらされずに滅びたザンダーのみんな、気の毒すぎじゃない?!

・ 来年までの間に『アントマン&ワスプ』あるんですよね・・・ 正気か・・・? どんなテンションでどの時間軸やるんだろ・・・?

・ そして来年までの間にもう一本待ち受けているのが、渇望していたおまけで示唆された『キャプテン・マーベル』ですね! ワンダーウーマンさまぐらい尊いやつを一発、ぜひともおたのもうします!!! 

・ 生き残った初期メンバー、そこに自宅軟禁中の俊敏おじさんが加わり一致団結してサノスをぼっこぼこしてくれる『アベンジャーズ4』まで、今回の『インフィニティ・ウォー』を待っていた時間よりもさらにキツイ一年間となりそうですが、なんとか耐え忍んでみようと思います。 キャップが耐えた二年間を思えば軽いものよ・・・ いつも心にキャプテンを・・・!!(あとバッキーちゃんを)  よし、ふんぎりついた! 『キャプテン・アメリカ』シリーズ観直そう!!




関連感想
『キャンプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』
『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』
『アベンジャーズ』
『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』




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『マイティ・ソー バトルロイヤル』

2017年11月30日
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あらすじ・・・
アベンジャーズのマッスル担当ことソーとハルクが、乱闘したり、兄弟ケンカしたり、乱闘したり、場外乱闘したり、姉妹ケンカしたり、乱闘したり、またまた大乱闘したりして、気づいたら最終的にラグナロクします。


■ 「すべての神々の父にしてアスガルドの王」と書いて「ポンコツじじい」と読む、クズ親父オーディン伝説ここに完結!

オディン
(※ みてくださいこの小憎たらしい清々しい表情!)

シリーズ第1弾では「肝心な時にお昼寝タイムに突入する」という一国の王として致命的な失態を、シリーズ第2弾では「トラブルに巻き込まれて弱っている息子の嫁(正確には恋人)をねちねちとイビりまくる」という神々の父に似つかわしくない不寛容っぷりを披露してきた、我らが雷神ソーのおとうさん・オーディンさん。
原作コミックでもこんな感じにポンコツなのか、映画版でのみのクズ設定なのか、はたまたわたしが「えらそうなじじい」を受け入れられないだけなのかは定かではありませんが、とにかくこれまで『マイティ・ソー』という映画を観てきて、わたしが「オーディンすげえじゃん」「オーディンやるじゃん」と思ったことは皆無に等しく、「めちゃんこ偉大なんやで」と言われても全くそのすごさを実感できないことに定評がありすぎて困っていました。
さすがにそろそろ汚名挽回してほしい。
ガラクタ呼ばわりしてきた今までの非礼を詫びさせてほしい。
そんな想いを抱きつつ迎えた『マイティ・ソー』シリーズ第3弾。 
オーディンさんは過去最高にオーディンでした。 

今回明らかとなったオーディンのやらかし記録をざっとご紹介すると、たとえば「アスガルドや地球を含む9つの世界を平和に保ってきたけど、そもそもその平和は血みどろの略奪と征服の末に得たものだった」とか。
「いろんな世界から奪ってきた黄金で豪華絢爛キンピカの宮殿を建設」とか。
「ソーは第一子ではなくその上に長女であるヘラがいたけど、今まで一度も会わせてあげたことがなかった」とか、「なんで会わせなかったかというと、ヘラを牢獄に閉じ込めていたから」とか。
「なんで閉じ込めていたかというと、腕っぷしが超強かったヘラの才能に目をつけ、世界征服の切り込み隊長として重宝したものの、徐々にヘラの攻撃性が疎ましくなってきたから」とか。
「長女の存在をなかったことにして、長男と養子の次男を「よっ!次期国王!」ってその気にさせて育ててきた」とか。

なんかね、ある意味すごいですよね。
王としてもいろいろどうかと思いますけど、父親としてトバシすぎなんですよ。 毒親っぷりが半端ない。
初めて授かった娘を、自分専属の処刑人に仕立てあげて世界各地でめちゃくちゃ殺生させまくっておきながら、気が済んだら都合勝手に「もう殺すのやめなさい」ですよ? 「平和が一番だよ」って、おまえそれどの口が言ってんの?って話じゃないですか。
当然娘は「いまさら暴力を抑えられない」って言いますよね。 
だって、生まれてこのかた暴力しか求められてこなかったんですよ。「なに言ってんのおとうさん、もっとやろうよ」って言うじゃないですか。「9つなんてちっちゃいこと言わずに、手の届く限りの世界を全部支配しちゃおうよ。大丈夫、あたしがみーんな、ころしてあげるから」って。 
なんつう哀しい世界ですか。 誰がこんな風にしちゃったんですか。 
おいそこのポンコツじじい、おまえだろ。

考えてみれば、前作『ダーク・ワールド』でもオーディンは暴走した息子・ロキに「おまえなんか死ねばよかったんや」とか「殺さないだけありがたいと思え」とか散々ヒドイこと言って、一生地下牢獄に閉じ込めておく宣言してましたよね。
長女・ヘラの時から、オーディンの子育て法は変わっていなかったのでしょう。
自分の手に負えなくなったら牢獄に閉じ込める。 それが父の温情。 
アスガルドのみなさんは気をつかって誰も言わないみたいなんでわたしが言いますけど、ばーか!おまえばーか!! 

最後の最後にきて、今までの「お昼寝タイム」や「嫁イビリ」がかわいらしく思えるようなクズっぷりをお見舞いするんですから、マジたまんないですよね。
成仏シーンも、「神様パワーでかろうじてヘラを封印してきたが、命が尽きるとともに抑えきれなくなり復活されてしまった」、と受け取るべきなのでしょうが、わたしには「おっかない娘にボッコボコにされそうなので、わし一足お先にドロンしますね!あとはよしなに!」みたいにしか観えませんでしたよ。 同情?! 湧かない湧かないそんなもん!

ソーは、地球へオーディンを追放したロキを責めていましたが、いや、たしかにその空白の2年間でオーディンの封印力は低下し、ヘラ復活への準備が整ってしまったところはあるのかもしれませんが、そもそもロキの変装に気づかない神々の父ってどうなん?っていうね。 
わたしは声を大にして言いたい! 全知全能設定どこいった! 
ポンコツじじいは前回もダークエルフの復活に気づいてなかったんだし、ロキちゃんだけ責めるのはフェアじゃないですよ兄上!
結局、意識が戻り地球の見張り番であるドクター・ストレンジさんから「おとうさん、そろそろアスガルドに帰ったらどうですか」とやんわり促されても「放浪してる方がいいんだよね、わし・・」って拒否してたみたいですし、なんかもういろいろ諦めちゃってるのかな?としか思えません。
息子たちに道を譲るっていったら聞こえはいいですけど、わたしから見れば諦めですよ。
どちゃくそ怒って自分を恨んでいる娘に許しを請う勇気がない。 説得する自信もない。 闘う体力も残ってない。 
おねえちゃんにトンカチを粉砕されて気弱になっているソーが、「わたしはあなたほど強くない」と吐露した時、草葉の陰から「いんや・・おまえはわしより強いぞえ・・」とエールを送るシーンがありましたが、観ているほとんどの人が「知ってる・・・」って思ったんじゃないでしょうか。 うん・・たぶんソーの方が強いよね・・・ っていうかオーディンほんとに強いのか・・

娘が来たから消えたのか、娘が来そうだから消えたのか、奥さんに先立たれてふんばる気力がなくなったからなのか、とにかくオーディンさんは傍らに寄り添うかわいい息子たちに見守られ、とんでもなく大きな宿題を残しとんでもなく美しく散りました。
「お前たちを愛しておるぞえ・・・」と言い残したオーディンさん、さぞかし気分がすっきりしたことでしょう。 
そこにはさんざんやらかした息子ことロキちゃんも含まれているのですから。 
最後に「いい父親」ができてよかったね。 嫌味みたいに聞こえたらごめんなさいね。 半分ぐらいしか嫌味のつもりないから、安心してね。(半分は入っているのか) 
いやぁ、ポンコツじじいの名に恥じない、立派な最期でした!


■ 『マイティ・ソー バトルロイヤル』はみんなが成長するとてもいいお話しでした!

とうちゃんについて熱心に文句を書きすぎたので、ここからはサクッと行きますね!

陽気なテンション、ゴキゲンな音楽、ポップな舞台美術、軽妙なセリフの応酬、と過去のMCU作品の中でも1・2を争う娯楽作に仕上がっていた『バトルロイヤル』。
しかし、「軽さ」だけではない、というか、「軽さ」の裏でものすごくしっかりとしたドラマが描かれていたところも、わたしにはとても印象的でした。

今回、ヘラによって相棒ともいえるムジョルニア(a.k.a.トンカチ)を破壊されてしまったソー。
誰にも持てないし、なににも壊されないことが自慢だったのに、そのあっけなさといったらまるで紅茶に入れた角砂糖のごとく。
そうでなくても「悪いけどおねえちゃんはおまえらよりめっちゃ強いやで」と父親に脅されていたのに、リアル百聞は一見に如かず状態に直面してしまったソーは、完全に自信をうしなってしまいます。
しかし、アスガルドを支配下に置き、親しい友人や大切な民を追い詰めるヘラの姿を前に、ソーは再び立ち上がる。
ここ、ひとりで立ち上がるのではないのですよね。 
誠意ある言葉で、自らの態度で、いろいろな人を味方につけるソー。
わたしは、「この人のためになんとかしてあげたい」と思わせるのが真のリーダーなんじゃないかと思うのですよ。
「この人のためなら」「この人となら」とみんなが信頼を預けられる。 
頼もしさって、そういうことなんじゃないでしょうかね。
そして、「トンカチトンカチって、いつまでへこんでんねん! おまえはトンカチの神か!」と偉大な父に草葉の陰から励まされたソーは、ついに本当の力に目覚めます。
トンカチのこと、そして国を追われそうになっていたアスガルド民のこと。
大切なものは形に宿るのではなく、魂にこそ宿るのだと、最後の最後に示してくれたオーディンのアドバイスはほんとナイスでしたね!
そういうの、もっとほしかったなぁ! 出来れば生前に!!

真の雷神としてのパワーに目覚めたソーが、「移民の歌」をバックにサンダーボルトをバッキバキにお見舞いするシーンのかっこいいことと言ったらもうね・・・。
オープニングの戦闘シーンと同じ曲を使い、しかしオープニングでは持っていたトンカチを持たないまま、オープニング以上の強さを魅せるソー。
これぞ我らの王子さまですよ・・・ありがたや・・・!

ソコヴィアでのウルトロンとの闘いの途中、クインジェットで地球から飛び出し、巡り巡って宇宙の辺境の星・サカールへと辿り着き、そこで2年もの間バナーに戻ることなく剣闘士として過ごしていたハルク。
どうしてハルクはバナーに戻られなかったのか。 もう、そこには怒りはなかったはずなのに。
だってね、地球にいる限り、自分は人々の恐怖の対象なんですもんね。
バナーとしては見てもらえず、忌むべき緑の怪物としてしか見られない場所に戻りたいわけないですもん。 いや、戻れるわけないですもん。
一方、サカールでなら、ハルクの圧倒的な破壊力は憧れの対象。
どんな相手でも一ひねりで倒してしまう無敵のチャンピオンは、サカール民のアイドル。
バナーに戻り、針のむしろのような地球でもしかしたら囚われの身として生きるのか、ハルクのまま、サカールで人々から求められ愛され生きるのか。 
本能的に後者を選んだバナーの心境を思うと、めちゃくちゃつらいです。
本当なら、人が誰しも二面性を秘めているように、ハルクとバナーはひとりの人間の中の一部であって、そのどちらともが同じように認められるべきなのに・・・  スカーレット・ウィッチを操ったヒドラがホントに憎い!ドクター・ストレンジの巻き戻し時計でズルムケ中年(a.k.a.レッドスカル)のトコに戻れるなら、わずかに残った頭皮もぜんぶむしりとってやりたい!!
そして、そんな「平穏な日々」を選んだバナーが、仲間のため・・・というよりは目の前で困っている人たちのため再びハルクへ変身するシーンの熱いことと言ったらもうね・・・! 
今までは求められて変身していたのが、今回は自ら捨て身の覚悟で変身したというトコロに燃えずして、なにに燃えろとというのですか・・・! ハルク、さいこうです!

ロキちゃんも、今回はずいぶんとこざっぱりとした表情で、いつも以上に飄々としていましたけど、あれはきっと、おとうさんと離れたからなんじゃないかと思うんですよね。
「偉大で尊大な父」をかどわかせたのは王座を奪うためだったのでしょうが、結果としてロキちゃんはずっと頭の上にあった重石、「兄を支える弟としてちゃんとしないと」「拾ってもらった身なんだから恩義に報いないと」「永遠の二番手」みたいなやつから逃れることができたのですよ。
あれだけ悪巧みの限りを尽くしてでも手に入れたかった王座ですよ? 
どんだけすごい野心を抱いているのだろう・・? と思うじゃないですか!
なのに、王様をやってた2年間、ロキちゃんがやってたことっていったら、自分のでっかくてイケメンの像を建立するとか、自分を称えるお芝居をロングランするとか、きれいどころをはべらせてのんびりするとか、平日の昼間っからゴロゴロするとか、え?マジでそんなことでいいの?!という感じの悠々自適なスローライフなんですよ! たのしそうでいいなおい!
もしもね、野心むき出しで、たとえばオーディンを自分がされたように地下牢獄に閉じ込めるとか、宿敵の手に渡しちゃうとか、そういう非道なことの末に手に入れた王座だったら、そのままギラギラ街道一直線だったと思うんです。
つらい記憶(我が子に裏切られたこととか奥さんが亡くなったこととかまんまと敵に宮殿をぶっ壊されたこととか)を消されて地球の老人介護施設に放り込まれるという、ある意味オーディンにとっては幸せなのかもしれない仕打ちを処すことによって、ロキちゃんも罪悪感に苛まれることなく、偽オーディン生活をエンジョイできた。
ソーにとっては「なにやっとんねん」という裏切りだったでしょうが、ロキちゃんとオーディンにとっては必要な距離と時間だったのですよ、きっと。
オーディンの最期の瞬間、「おまえたちふたりを愛している」と告げられたロキちゃんはハッとした表情になりました。
兄だけを愛していると思っていた、兄だけを息子だと思っていたはずの父の言葉は、もしかしたら最後の最後に立つ鳥跡を濁さないためのきれいごとだったのかもしれませんが、ロキちゃんの呪縛を解くには充分だったのではないでしょうか。
もうロキちゃんは兄上に張り合わなくていいんですよ。
よかったね、ロキちゃん。 ずっとつらかったね。

王を守る精鋭部隊でありながらヘラに仲間を全滅させられ、「ひとりおめおめと生き残ってしまった」という呪縛にずっと囚われて生きてきたヴァルキリーにも、変化の機会が訪れました。
「大義」を「お金」に変え、周りに軽蔑されるような卑しい人間になり下がらなければ、自分の罪悪感や無力感に耐えられなかった彼女が、なんの因果か過去に忠誠を誓った王の継承者と出会い、尊厳を取り戻すため再び伝説の剣・ドラゴンファングを手にとるに至る様は、コミカルな色調に彩られていても尚、とても気高く見えました。
花火を背に敵を蹴散らす酔いどれ戦士。 
まさかここにきて、MCUにこんなに魅力的なニューヒロインが誕生しようとは・・・ まったく油断のならないやつらだぜ・・・!

サクッと行きますといいながら、なんだかんだで長々書いてしまい申し訳ない。
とにかく、キメるところは決め、笑わせるところはきっちり笑わせる、とても優れた作品だったと思います。
ユーモアとシリアス、どちらに偏ることもなく、エグイことをおもしろいと思わせつつさらっと描いてしまった快作『マイティ・ソー バトルロイヤル』。
MCUの奥深さをあらためて見せつけられた気がします!
今回のテンションがどこまで『インフィニティ・ウォー』に影響を与えるのか、非常にたのしみですね!

■ 追記!

・ あざとくてもいい!計算高くてもいい!まんまと手の上で転がされているでもいい!とにかくロキちゃんがかわいいならそれでいいんですよ!!!わかってくださいよ!!!!

・ ニューヨークでのスーツ姿、30分間落とされ続けてプンスカ起こる姿、サカールでグランドマスターに気に入られ悠々自適なニート生活を送る姿、花瓶のようなものをぶつけられる姿、「みんなおまたせ!救世主だよ!」って船から降り立つ姿(しかも自分が作らせた像と同じポーズで)、過去のシリーズとは違い、まるで憑き物が落ちたかのような生き生きとした顔芸をみせるロキちゃんのお姿、しっかと堪能させていただきました! ありがとうございました!

・ 中でも兄上絡みのシーンはどの表情もさいこう! クライマックスの、真のかみなり様パワーに目覚め「とりゃー!」って降臨する兄上を見上げて、誇らし気にニヤリと笑うロキちゃんは、ホンマにおにいちゃんだいすきっ子なんやなぁ!

・ この兄弟のファンとしては、どれだけロキちゃんの壮大なしでかしを見せられようとも、「いつか確執を捨てわかり合ってくれる日が来るのではないか」、とずっと待ち望んでいた気がするんですよね。 その日がやっと訪れたのですから、心ゆくまで泣かせてくださいよ・・・

・ なにかを成し遂げたいけど、自分になにができるのか、なにをすればいいのかわかっていなかったスカージが、長いものに巻かれる人生に終止符を打つ「デストロイ・シーン」もマジさいこうでした! 『ロード・オブ・ザ・リング』だいすき人間なので、「フォー・アスガルド!」のシーンは黒門の前の「フォー・フロド!」を思い起こさせて涙腺崩壊でしたよね!ね!エオメルですもんね!

・ クインジェットのパスワード入れるとき、「ゴッド・オブ・サンダー」とか「ストロンゲスト・アベンジャーズ」とか色々言ってみてもはじかれて、スターク社長に毒づいていた兄上が、ためしに「ポイント・ブレイク」って言ったらパスワード解除されて、頭にくるよりうれしい方が勝っちゃってニッコニコになってるの、ばか可愛い・・・! 兄上の素直さは宇宙の宝やで・・・

・ 「移民の歌」ありきで脚本が作られたのか、脚本の内容から「移民の歌」が選ばれたのかは知れないけれど、少なくとも今後当分の間は「移民の歌」を聴くたびに兄上の姿が浮かぶと思う。 ・・・と鑑賞後思っていたら、どうやら本作のタイカ・ワイティティ監督は最初からこの歌を念頭に置いていた、というかむしろなんで今まで使ってなかったの?と不思議だったのだそう。 ホント、ピッタリでしたね!

・ Bで始まるワードとして「ブサイク」が挙げられていたんですけど、外国でも通じるの? っていうかあの日本語設定どこから?

・ そういえば、ロキちゃんも一回「グランドマスターさん」って言ってた気がするんですけど、気のせいですかねぇ・・。 サカールに日本文化が伝わっているのか、はたまた人種のるつぼなだけなのか。

・ とにかく「わーたのしいー!」なノリで駆け抜けていった感のある本作ですが、裏ではまあまあ鬼畜な所業をさらっとこなしていましたよね。 ハルクは「二度とバナーに戻れないかも」とか言ってたし、ウォリアーズ・スリーは瞬殺(うちひとりはセリフすらなし)だし、アスガルドは木端微塵だし、トンカチは粉々だし、兄上隻眼になっちゃったし、ホントこれ今後どうするつもりなんだろう・・・? 

・ 「おいワイティティ!とんでもないことをしでかしてくれたな!」と思わなくもないですが、アメコミのワンダーな世界なら色々なことが可能になるはずなので、誰かがなんとかしてくれるのではないでしょうかね! ほら、たよれる魔術師もいますし! トンカチ、ちゃちゃっと直してもらいなよ!




関連感想
『マイティ・ソー』(シリーズ1作目)
『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(シリーズ2作目)




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『LOGAN/ローガン』

2017年06月10日
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(※ 以下、『LOGAN』のネタバレはもとより、流れ弾的に『マトリックス レボリューションズ』のネタバレも含んでしまっていますので、そういうのが気にならない方のみご覧ください)



あらすじ・・・突然知らされた娘の存在に戸惑うおとうさんが、おじいちゃんと娘と三世代でアメリカを縦断します。

ああ!!つらい!!! なんだこれもうやだ!ああつらい!!!

公開前からヒュー・ジャックマンさんの「これで終わるよ!有終の美をかざるよ!!」という発言をイヤというほど見てきましたし、予告編からも本気の程は十二分に伝わってきてはいましたが。
いましたが、まさかここまで容赦ないとは思わなんだ。
観終わった瞬間、私の頬を流れていたのは感動の涙ではなく哀しみの涙。
脳裏を駆け巡っていたのは、『マトリックス レボリューションズ』でトリニティが針山となり、ネオが王蟲にランランラランランラされるナウシカと化していたクライマックスシーン。
ここまで観てきてこれかよ。
何度も危機に瀕しながらも、希望の欠片を握りしめながら未来を切り開いてきた結果がこれかよ。
あのかっこよかったヒーローたちが、こんなあっけなく死ぬのかよ。
わかりますよ、あのね、世代交代ですよね、それはわかる。
愛するものを失い続け、子を持つ喜びを知ることが出来なかったウルヴァリンが最期に感じた愛情。わかる、わかるけども。
やりたいこともやっていることもわかるけれど、わたしにはあまりにつらい幕引きだったのですよ。
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(※ こういう画像を見て心の平静を取り戻さないとやってられないレベル)

思えば本作は、とにかく冒頭から死の匂いがふんぷんと立ち込めている、とても不穏な物語でした。
画面を覆っているのは冷たい色彩と土埃の匂い。
諸事情から回復力を失っているローガンことウルヴァリンは、国境に近い町で高級ハイヤーの運転手として生計を立て、家に帰ると痴呆を患っているおじいちゃんの世話。
薬代は高騰し、おじいちゃんが時々起こす発作のせいで周りのものは疲弊。
何が楽しみで生きているのか、何のために生きているのか。
いちおう、おじいちゃんと誰にも迷惑がかからない場所で余生を過ごす、という目標は持っているけれど、今の生活レベルだと到底叶いそうにない。
とにかく、まだ死んでいないから生きる。そんな毎日。
避けることのできない結末として、常に「死」という文字がめざわりなネオンサインのようにチラついているローガンの日々。
つらい。 すでにつらい。

そして映画をご覧の方はとっくにご承知でしょうが、このおじいちゃんが他ならぬプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビアというつらさ倍増計画。

いや、もちろんチャールズのつらさは今に始まったことではありません。
過去のつらみを簡単にまとめてみても、
『X-メン』では一服盛られて人事不省になり、
『X-MEN2』では思考をのっとられて人事不省になり、
『ファイナル ディシジョン』では教え子にボコられ霧散し、
『ファースト・ジェネレーション』では女にうつつを抜けして友人の信頼を失い、
『フューチャー&パスト』ではやさぐれてジャンキーとなり、
『アポカリプス』ではご長寿ミュータントに髪の毛をむしられる。
と、このようにつらみ全開だったのですから。
充分使えないハゲつらみの多い人生だった。

しかし、今回のチャールズは過去の不幸をひとまとめにしても敵わないほどのしんどさなのですよ。
もうろくじいさんと化して、己の強大すぎる力をコントロールすることもできず、ただ時々暴走しては周囲の人々を殺してまわるしかない怪物のような存在。
才能と呼ばれていた力は呪いに変わり、チャールズが人生をかけて守ってきた学園すら破滅させてしまった。
その中には、ジーンやサイクロップスもいたのかもしれない。
それがどれだけしんどいことか・・・!
そりゃ自ら記憶に蓋をし、もうろくじいさんとして空想の世界に逃避したくもなりますって!

しかし、古びた貯水タンクに閉じ込められたチャールズは、セレブロのようなその空間 - 経年劣化により開いた無数の穴から、星のようにちいさい光が差し込む空間 - の中で、皮肉にも再びテレパスとしての能力をよみがえらせます。
そしてそこからが、引き返せない命のリレーの始まりでもあったのでした。

時には仕事のため、時には正義のため、あまりに多くの命を奪ってきたローガンは、自分が「あったかいおふとんの中で死ねる」などとは思ってもおらず、「愛する人たちに見守られて」なんて言わずもがなで、みっともなく、美しくなく、映画史に残っていくような長ゼリフを残すでもなく、無様に死んでゆくのが最もふさわしい最期だと、思っていたのではないでしょうか。
ローガン、すなわち彼を演じてきたヒュー・ジャックマンさん自身が。

今までのローガンと同じように庇護が必要なものを全力で守り、今までのローガン以上に哀しい眼で敵を見つめ、今までのローガンとは異なり命をがりがりと削って闘う姿は、17年に渡り「ウルヴァリン」というヒーローに魂を吹き込んできたヒュー・ジャックマンさんから、同じく「ローガン」という悲運なミュータントを見守り続けてきたファンへの贈り物だったのではないかと思いましたし、だからこそわたしは、つらすぎたあの最期をせめて、おおよそ2世紀もの間その能力ゆえに周囲の思うように酷使されてきた「ジェームズ・ハウレット」にやっと訪れた安らかな眠り、だったのだと受け止めるべきなのだろうな、と思いました。
思うようにしたいです。
そうしないと、ホントにつらいから。
っていうか、まだホントは受け入れられていないんですよ! あのですね、わたし的にはもう一回帰ってきてくれてもぜんぜん問題ないですよ! いいじゃないですか!『デッドプール2』辺りにシレっとカメオ出演しちゃえば!! だいじょうぶ、だれも怒らないって!

X-MENを初めて劇場で観た17年前から今日まで、大いに心躍らせた日々や、大いにずっこけた日々、扱いの雑さに「ファイナル・ディシジョンふざけんなこのやろう」と憤った日々や、今度はどんなウルヴァリンが観られるんだろうと期待に胸膨らませた日々。
たくさんのよろこびをありがとう、ヒュー・ジャックマンさん。
カメオ出演すらなくなるだなんて寂し過ぎるけど、息子として父をおくり、父として娘におくられた本作を、わたしはこれからも愛し続けます。

とりあえず、心の平静を保つため今から、おにいちゃんと爪たててワッホワッホ駆け回る『X-MEN ZERO』観てきますけどね!!(※やっぱり受け入れられていない)


- おまけ -

・ ウルヴァリン最終作だっていうのにストライカーすら出ないというね! ダム湖に沈んだのは別の時間軸だから、まだ生きてんじゃないの? 出そうよストライカー!出してあげてよ! あいつなんだかんだ言ってウルヴァリンだいすきなんだからさぁ!

・ 遺伝子組み換え食品でミュータントを無能化していくという、過去の敵が思いつきそうで思いつかなかった手法がすごい! 地味過ぎてプロフェッサーも気づかなかったという! まぁ、逆にいままでプロフェッサーが敵の悪巧みに気づいた例があったのかって言われてもパッと思いつきませんけどね!

・ 「ミュータントを遺伝子組み換え食品でコントロールして生物兵器にしよう!」 → 「コントロールしすぎて能力なくなっちゃった!」 → 「ミュータントの遺伝子を使って子どもを作ろう!」 → 「子どもなだけに、ぜんぜん言うこと聞かなかった!」 → 「言うこと聞くように、大人のミュータントのコピー作ろう!」 → 「大人なだけにキレたら手が付けられない!」 だいじょうぶなのかこのプロジェクト・・・ホントにだいじょうぶなのか・・・

・ 全編通してつらい展開が多い作品でしたが、知り合った家族と食卓を囲むシーンは本当に救われましたね! ごはんの後、チャールズを抱きかかえてベッドに運ぶローガンと、それをじっと見つめるローラもよかった! おじいちゃんを気遣う父の姿から色んなものを感じ取った娘。 殺戮の人生を送ってきたローガンの手は血にまみれているけれど、その背中は間違ってはいないんですよ!

・ R15+だった所以、わたしにとっては「生首が飛び四肢が飛び散る展開が」、というよりも、「子どもを使ってここまでやるか」という印象の方がつよかったです! 「人殺しは一生人殺し。相手が悪人かどうかは関係ない」というセリフがあった上でアレですからね! とはいえ、終盤ミュータントキッズたちがみんなで悪い大人をとっちめるくだりは純粋にワクワクしちゃいましたけどね! 

・ チャールズの悔恨の涙と告白を受け止めたのが、ローガンではなくローガンの凶悪な部分だけを抽出させたようなX‐24だったトコがつらすぎた! すごくいい映画だったんですけど、もうあのくだりだけはどうしても耐えられない! なんでチャールズにそんなひどい仕打ちしちゃうの?! 監督は鬼なの?! ローガンとチャールズはまともな死に方させてもらえない運命なの?!

・ 重ねて言うようですけど、ほんとにね、わかるんですよ、わかる。やりたいこともやっていることもわかるんですけど、やっぱりね、息子のように愛したウルヴァリンの偽物に刺されて死んで、そのへんの水辺に埋められちゃったチャールズや、衰えるだけ衰えてズタボロになった挙句自分の偽物に殺されて、そのへんの水辺に埋められちゃったローガンがつらいんです。 

・ そのへんの水辺なんかじゃない、ふたりで乗るはずだった船と海を表しているものなんでしょうけど、世界を救うため、違ったもの同士を結びつけるためずっと闘ってきたヒーローが、誰に知られることもなくどこかの山中に埋められているという現実が、架空の物語であるにも関わらず、ものすごくわたしの心を締め付けるのです。 ふたりのお墓は、もう誰に花を手向けられることもないんですよ。 年月が経ち、たまたま通りがかった人が草が生え吹いた石積みを見て、「なんだこれ」って言うぐらいしかないのかなぁと、勝手に想像して、また泣いてしまうわたしです。

・ ローガンがチャールズに代わり指導者として子どもたちを導く、そんな未来も観てみたかったんです。 葉巻をくゆらせながら、子どもたちの成長をおだやかに見守る、そんな結末も観てみたかった。 キレイすぎかもしれませんが、わたしはそんな光景を願わずにはいられなかったのです。

・ ああなんかもうやっぱりつらい!!!(おしまい!)




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