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『Banjo』(バンジョー)

2016年11月24日
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最近、血の気の多い映画の感想を書く機会がめっきり減っていたのですが、今回は久しぶりに鮮血がドヴァドヴァ溢れだすタイプの映画をお届けしたいと思いますよ。
なぜかと言いますと、実はこのたび、いつもたのしく拝見させて頂いている人気ブログホラーSHOX [呪]Hiro Fujiiさんと、倉林のはらわた倉林さんのご厚意により、日本未公開の竿竹(※隠語)映画のスクリーナーを鑑賞させて頂きましてですね。
新鮮なビッグマグナム(※隠語)ホラーがノーカットノーぼかしですよ。股間にまっくろくろすけがコピペされているような映倫さまお墨付きのヤツじゃない、ありのままのつくしんぼ(※隠語)ですよ。舶来もののシャウエッセン(※隠語)がオベリスク(※隠語)ってんですから、そりゃもう、「観るか?」っつって聞かれたら「観ます」って即答しますよね。
(※実際はもっと親切かつ丁寧にお声がけいただきました)

と、いう訳で、イギリス生まれトロマヴィル育ちのリアム・リーガン監督が実体験をもとに作られたという『Banjo』の感想、はじまりはじまり~。


あらすじ・・・
あるところに、ペルツァーという青年が恋人のディーツさんと暮らしていました。 
ペルツァーくんは、ロケットみたいなおっぱいを揺さぶり、一晩中でも振りつづけられる強靭な腰を持ち、予期せぬ妊娠に至らぬようきちんとピルを飲み、ペルツァーくんの弱気な発言を心理的・物理的というふたつの方面から戒めてくれる、強いディーツさんのことがだいすきでした。 ビンタ一発食らわせるだけでペルツァーくんの顔面を血で染め上げるような、鋭い手首のスナップもすきでした。 ちょいちょい仕掛けてくる地味な嫌がらせもすきでした。 はたから見たらただのDVだけれど、とにかくすきなのでした。 すきなはずだったのでした。

しかし、愛する彼女と夢の一軒家で同棲という、幸せ絶頂な生活を送っているはずのペルツァーくんの表情は、なぜか冴えません。

職場の上司が超いけすかないゲス野郎で、ことあるごとにディーツさんに色目を使ってくるからでしょうか。 
ちょっと遅刻しただけで、この世の終わりみたいに怒ってくるからでしょうか。
同じく遅刻の常連である同僚のクライドさんに、「今度会社に遅れてきたら死刑だからな!」と常軌を逸した脅しをお見舞いするからでしょうか。
目の前のデスクで、3年前気まずい別れ方をした元カノが仕事をしているからでしょうか。
その元カノの今カレが、支店の平社員であるペルツァーくんとは違い、本社のエリート社員だからでしょうか。
地位を利用し、部下と一緒にペルツァーくんを虐めてくるからでしょうか。
それとも、そのなにもかもが原因なのでしょうか。
会社、虐め、仕事、夜ごとの合体、だいすきなはずのディーツさん、それらすべてのことが原因なのでしょうか。

手に入れたものと求めていたもののズレに苦しむペルツァーくん。
今、彼のもとを懐かしい旧友が訪れようとしています。
彼が本当に求め、手に入れるべきものを与えるために・・・。



みなさんは「イマジナリーフレンド」をいう言葉を聞いたことがありますか?
外国映画などではちょいちょい耳にする言葉ですが、直訳すると「空想上の友達」。
そう、「イマジナリーフレンド」とは心のうす汚れた大人には見えない、天使のごとく純粋な子どもの頃にだけ触れ合うことができる、特別なお友達のことなのです。
実は我が家のちびっこ(現在中学三年生)にも、幼児の頃「メッフェーさん」という「イマジナリーフレンド」がおりまして、ごきげんで遊んでいる時などは頻繁にその名前を口に出していたものでした。
ちびっこ本人以外には見えない「メッフェーさん」。 ちびっこの笑いのツボを把握し、いつもちびっこを愉快にさせてくれていた「メッフェーさん」。語感だけで、勝手にヒツジのショーン的なラブリーな姿を想像していた「メッフェーさん」。ちいさいちびっこの、かわいらしい空想だと思っていた「メッフェーさん」。
しかしある日のこと、何気なくちびっこに「メッフェーさんって今どこにいるの?」と聞いたところ、彼女はなんのためらいもなく当然のようにスっと机の下を指さし、「そこだよ」と答えたのですよね。

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めっちゃ具体的に居場所特定できんのかい。 っていうかマジなやつやったんかい。 っていうかモロわしの足元ちゃうんかい。 なんやったら若干メッフェーさん踏んでるぐらいの位置関係になっとんかい。
もちろん、机の下を指さしただけで、その姿がヒト型だとかケモノ型だとか説明されたわけではないのですけども、もうこの瞬間わたしの中でヒツジのショーンから一転、美内すずえ先生の「白い影法師」になったのでした。メッフェーさんのイメージが。


で、本作の主人公・ペルツァーくんにも、幼い頃からずっとそばに「イマジナリーフレンド」のロニーがおりまして、気弱なペルツァーくんを時に励まし、時に勇気づけてくれていたわけですが、20年前に起きたとある事件をきっかけに、ペルツァーくんはロニーとの別れを決意したのですよね。
それ以来ペルツァーくんはロニーなしで生きてきた。 
しかしそれは、生きてこられたのではなく、生きるしかなかっただけ。
本当は心の奥底で、ずっとロニーの帰還を待ち望んでいたペルツァーくん。
そしてロニーもまた、ペルツァーくんが自分を呼び戻してくれる日がくるのを願っていた。

かくして、ストレスフルな生活に心が崩壊してしまったペルツァーくんは勢いでウィジャボードを使ってしまい、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンとばかりにロニ―参上! 
「おお!待ちわびていたぞ心の友よ!」と言ったか言わないか、大切なペルツァーくんを解放するため張り切るロニー。
レディース・エンド・ジェントルメン、3度のメシより切り株がすきという好事家のみなさまお待たせしました! 首チョンパあり、タテ割りあり、ミドリのゲロありの愉快な血祭り騒ぎのはじまりですよ! 

もうね、無邪気にたのしい! やっている方がものすごく楽しんでいるのが伝わってくるから、観ているこちらもたのしい! なんとも幸せな映画だなぁと思いました。 
しょうじき、アラは多いです。というかアラだらけです。 
とことんチープですし、話がポンポン飛んじゃうので「あれ・・?さっきのアレは・・?」みたいな戸惑いもある。 でも、キライになれないのですよね。 
それはきっと、わたしの中にある「一度でいいからケチャップをブチャーって部屋中にぶちまけて殺人現場を作ってみたい」心がこの作品に共鳴してしまうから。 
美術の授業中、先生の話そっちのけで自分の腕にいかに本物らしい傷をペイントできるかに延々チャレンジしていた、中学生のころのワクワク感がよみがえってくるから。
すきなものを作るたのしさ。 イケないことを題材にして、真面目にふざけることの背徳感。 たまんないですよね。 

子どものように残酷さに鈍感で、大人のように残酷さに無慈悲なロニー。
「イマジナリーフレンド」である彼は、ペルツァーくんが自らのフラストレーションを解き放つため用意したただの空想なのか。
それとも、空想から飛び出した超自然的な存在なのか。
アレだった人がまともになり、まもとだった人がアレになるという混沌のクライマックスを経て辿り着く、そこまでのイカレ騒ぎはなんだったのかと思う程クールなラストシーン。
ホント、なんだったのでしょうか。
そこに映し出されたものに心がザワザワと掻き乱され、ちょっともう一回見直したくなってしまう、とても味のある作品でした。

こんなたのしい映画が日本未公開、ソフト化すらされていないだなんて・・・

・・・・


・・と、嘆こうかと思ったのですが、なんと観れちゃうんです!日本で!しかも完全版が!!


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『チンコリンピック2016』東京電撃映画祭 with HORRORSHOX

場所はサブカルの殿堂・阿佐ヶ谷LOFT A。
開催日は2016年11月26日。 今週の土曜日ですね。
OPEN 24:00 / START 24:30 で、チケットは前売¥3,000 / 当日¥3,500(共に飲食代別)だそうです。

詳しい情報はこちら↓
『チンコリンピック2016』東京電撃映画祭 with HORRORSHOX – LOFT PROJECT SCHEDULE 『チンコリンピック2016』東京電撃映画祭 with HORRORSHOX – LOFT PROJECT SCHEDULE

当日はこの『Banjo』以外にもオモシロ痛そうなとんがりコーン(※隠語)映画が長編・短編あわせてわんさか上映されるそうですので、可能な方はジャンジャン足を運んでみてはいかがでしょうか。
ホントにね、東京ってトコロはこういうよさげな映画イベントがちょいちょい催されていて、超うらやましいですよね。
わたしは遥か彼方の岡山に巣食っているのでお邪魔できませんが、どうぞみなさまたのしんできてくださいませ!

Hiro Fujiiさん、倉林さん、ありがとうございました!



‐ 追記 ‐
・ 本作にはみんなだいすき『ムカデ人間』シリーズのローレンス・R・ハーヴィーさんも出演されていますよ! 不気味オーラを封印し、大きな瞳を潤ませながらかわいそうな遅刻魔クライドさんを可憐に演じるローレンスさん。 歩くシーンにいちいちどんくさそうな「ムギュッムギュッ」という効果音をつけられて、虐められっ子描写がハンパない。 雑すぎる退場の仕方も超気の毒。 役者冥利に尽きますね!やったねローレンスさん!

・ 主役(ペルツァーくん)がそこはかとなく河合我聞。

・ 主役(ロニー)が心なしか柔道の篠原信一。

・ 元カノがみんなだいすき『MAY』のアンジェラ・ベティスさん似で、ホラーファン心をくすぐります。 っていうか全般的にキャスティング絶妙!

・  Hiro Fujiiさんと字幕翻訳家のBrendan Wimsettさんが手がけた字幕も遊び心があっておもしろかったです。 中でも、煮え切らないペルツァーくんに呆れかえったディーツさんが放つ「again!」というセリフが「またか!」に訳されているシーンは、そのテンポの良さといい叫んでいるディーツさんとの表情のコンボといい、妙にツボにはまってしまいすごくすきでした。 女の人のセリフ字幕がおんなおんなした口調になっていないのって、ほんとうは当たり前のことなんですけど、新鮮でいいですね。

・ ペルツァーくんがどれだけ虐げられてもディーツさんにすがり続けていたのがとても謎(元カノの方が優しいしきれいだし未だにペルツァーくんを想ってくれているし)だったのですが、観ているうちに、わたしにはディーツさんと「イマジナリーフレンド」のロニーが似ているように思えてきてですね。 

・ ほお骨の主張が著しい顔の作りも、すっと切れ上がった眉も、性的魅力の過剰さも、攻撃的な性格も、どこか重なるロニーとディーツさん。 もしかしたらペルツァーくんは、自分でも意識しないままにずっとずっとロニーの面影を求めていて、それでディーツさんに一目ぼれしてしまったのではないかなぁ、と。 何が起ころうともペルツァーくんにはロニーが必要だった。 たとえいつの日にか、死が二人を分かつ時がこようとも。

・ まぁ、それはわたしの勝手な解釈ですが、ともかくあれこれ深読みするもよし、手作り感満載なゴアシーンをあっけらかんと楽しむもよし、様々な味わい方ができる作品なのではないかと思いましたよ。 土曜日の晩、お時間とおぜぜに余裕のある方はぜひ!




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『インブレッド』

2013年06月19日
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たぶん政治的に正しいあらすじ・・・
社会奉仕活動の一環として、イギリスはヨークシャー地域へとやってきた保護観察官2名と、社会適応力が不自由な少年3名と少女1名。
その人たちは、まずは宿泊先となる、使われなくなり数十年は経過していると思しき家屋を掃除し、その後、夕餉をとる為近所にあった飲食物を提供することで生計を立てている者が所有する建物へ向かいました。
屋内に入ると、そこには先客として、歯列的にチャレンジされた人々や、ビジュアル的にチャレンジされた人々、はたまた頭脳的にチャレンジされた人々など、異なった能力を持つ人々が多数おり、社会適応力が不自由な少年少女たちをじっと見つめています。
保護監察官たちも屋内の雰囲気に戸惑うものの、なにはともかくも、飲食物を提供することを生業としている水平方向にチャレンジ中の人に、お腹を満たす為の物体を要求しました。
数分の後テーブルに運ばれたレモネードという飲み物は、どこかしら腎臓により生産される液体状の排泄物の匂いがして、人々の満腹中枢を反対方向へと刺激するのでした。
経済的にはじき出された人たちが醸し出す、一種独特の雰囲気に気詰まりした少女は、途中でたまらず屋外へと飛び出しましたが、飲食物提供者の子どもが性的なジョークを披露してきた為、慌てて屋内へと戻るのでした。

一夜明け、2名の保護監察官と4名の社会適応力が不自由な少年少女たちは、宿泊先から少し離れた場所にあるという、廃棄列車置き場へと向かいました。
なぜならその人たちには、使えそうな銅線などを回収しリサイクル業者と呼ばれたがっている人たちが持つ財産と交換することで、経済的に搾取され続けている状況から抜け出したい、という願望があったからです。
まだ勤労から得られる達成感に対し意欲的ではない2人の少年たちは、注意深く見守ることにあまり意欲的ではない保護監察官から離れた廃棄車両の中で、無機物が備えていた本来の形を斬新なスタイルに変えることに熱心になっていました。
そして、もう2人の少年と少女は、列車置き場の近くの民家から黒い煙が立ち上っていることに気づきます。
近くまで行ってみると、なんと燃やされていたのは偶蹄目類の動物伴侶でした。
モウモウとアグレッシブな声をあげる、垂直的にチャレンジされた偶蹄目類の動物伴侶を救い出した2人は、保護監察官へ一部始終を報告する為、廃棄列車へと向かうのですが、そこでは昨晩、カロテンやビタミンAが豊富な緑黄色野菜と自らの性器を関連付けたジョークを披露してきた若齢の市民が、知的にチャレンジされている友人たちと共に、自らの不自由な礼儀作法を公開しようとしていたのでした・・・。


ほんで後は、奇蹄目類の動物の蹄で頭蓋骨が粉砕されたり、固形状の排泄物を限界まで流し込まれることで膨張を続けた消化器の内壁に裂け目が生じ、破裂したのち重力に従い内容物が流れ落ちたり、弾丸と呼ばれる小型の飛翔体を高速で発射する武器より頭頂部が開放的になったりする様子が、歯列的にチャレンジされた人々や、ビジュアル的にチャレンジされた人々、はたまた頭脳的にチャレンジされた人々など、異なった能力を持つ人々によって繰り広げられる訳ですね! まぁ、いつものアレですよ!いつものアレ!!

というわけで、モンティ・パイソンのスケッチを彷彿とさせるような、とことん不謹慎で、めっぽう非常識なドロドログチャグチャコメディ『インブレッド』を観ましたよ。
「イギリス」だからモンティ・パイソンって言っとけばいいや、なんて思っている訳ではないですよ。
こじ付けでもなんでもなく、どこからどうみてもモンティ・パイソンだったのですよ。
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(※ 元祖・裸オルガン奏者のテリー・ジョーンズさん。きゃわたん。)

人間の体がありえないほどブチャーっと爆発したり、いかにもマネキンな手足が車に引かれてペチャンコになったり、おなかが風船のように膨れてパチンとはじけたり、その拍子に目玉がポコンと飛び出したり、というあっけらかんとした人体破壊。
汚い・臭い・金がないという、あからさますぎるカッペdis。
そして、身体的・精神的な疾患を抱えているであろう人々を快楽殺人鬼にしてしまう、という超きわどいキャスティング。
ありとあらゆるタブーを破り、ペッペッと唾を吐いてその上でポルカを踊るような罪深い姿勢が、とってもモンティ・パイソンだったのですよ。
あ、あと動物虐待ネタもきっちり盛り込まれていましたし! 

ただ、姿勢は通ずるものがあるものの、愉快さに於いては全くモンティ・パイソンの比ではなかった、というトコロがちょっと残念でもありまして。
ホントにね、バカな映画なのですよ。
「見世物以上風刺画以下」みたいな、すきものの皆さんがキャッホーと手をたたきながら観るだけの映画なのです。
誰も成長しないし、そもそもろくな人間が出てきませんし、であるからして当然押し付けがましい教訓もない。
主人公である不良少年(と彼らを監督するソーシャルワーカー)なんて、わざわざ田舎にやってきて何をするのかと思ったら、「列車から銅線くすねて小金に換金」ですからね!
どこの元EE JUMPメンバーだよ! おっととっとサツなのか!

物語の冒頭、田舎へと向かう車の中で不良少年が観ているハードゴアな動画。
足首やら生首やらを斧でポンポン飛ばす、その「B級スプラッター」自体が、他ならぬ『インブレッド』そのものを表しているのですよね。
「このあとの人体破壊がおもしれーんだよなー!」と無邪気によろこぶ少年は、私たち、そして製作者自身なのであると。
それはわかっているのです。
「深淵をのぞく時は・・」っていうアレはもう、がってん承知の助なのですよ。
そういう真面目なメッセージはもうさておいちゃっていいから、もっとふざけてくれよ! ・・と思ってしまったのですよね。 
「さあさあ皆の衆!ショーのはじまりだよ!」とさんざん勿体をつけて登場しておきながら、鼻にアスパラを入れて、口ににんじんをつっこんでおしまい!あとは馬にまる投げ!ってなんやねん! ・・と。
にんじんを入れるんなら、口じゃないだろ!
口は口でも、下のお口だr(略)

後半、草原を舞台に繰り広げられた「死にっぷりコンテスト」のようなほがらかさが中盤にも感じられたら、もっとばかばかしくておもしろかったのではないかなぁ、と思いました。
あとね、バーのマスターのメイクがね、夢に出るレベルなのですよね。
なんですか!なんなんですかあなた! ちょっとこわすぎじゃないですか!
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(※ 地獄の黙示録かと思ったよ!)

とまぁ、とても好感の持てる内容&姿勢だったがゆえに、少し物足りなさを感じてしまったりもしたのですが、ともかく、ここまで刺激的な映画が無事日本でリリースされたことは何より嬉しいことですし、まだ44歳だという若き俊英アレックス・チャンドン監督の次回作にも、大いに期待したいものだなぁ・・と思いました。
ごちそうさまでした!



同じ匂いがする映画の感想
『マニアック2000』 ・・・ハーシェル・ゴードン・ルイス監督によるかっぺ殺人モノ。 超ゆかいです。
『変態村』 ・・・ベルギーのユリオカ超特急ことファブリス・ドゥ・ヴェルツ監督によるかっぺ殺人モノ。 ユーモア度ゼロです。
『2001人の狂宴』 ・・・『マニアック2000』の現代版リメイク。 ロバート・イングランドさんのワンマンショーです。



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『ドリーム・ホーム』

2012年07月25日
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あらすじ・・・
ぜんぶびんぼうがわるいんや!

・ 香港の銀行に勤めるチェンさんはびんぼう生まれびんぼう育ち。びんぼうなやつはだいたいトモダチの薄幸美女です。 建設作業員だったおとうさんは数年前から体を悪くし、おかあさんは既に他界。弟はいるもののまるで頼りにはならず、ひとりで家計を支えています。

・ 昼は銀行でひたすら顧客名簿を片手にセールス電話に励み、夜はアパレルショップの店員としてオシャレ小物を売りさばく毎日。 しかし、働けど働けど暮らしはちっとも楽になりません。

・ 肌を温め合える彼氏はいるものの、妻帯者でケチで情が薄いのでチェンさんの寂しさを埋める要員には到底なりません。 所詮チェンさんは都合のいい女なのです。 わかっている、わかってはいるけれど、そんなクズ野郎の手を振り払う勇気すら湧かないほど孤独なチェンさん。 

・ チェンさんにはわかっていました。 どれだけがんばっても報われないのは何故か、どれだけ慎ましやかに暮らしても生活が上向かないのは何故か、どれだけ愛を求めてもゲスい男しか相手にしてくれないのは何故か、それは、みんなびんぼうのせいなのだ、ということを。 

・ そうだ。ならば、びんぼう臭が一切感じられない高級マンションを買おう。 亡くなったおじいちゃんが夢見て手に入れることの出来なかった、オーシャンビューのラグジュアリーでコンテンポラリーなマンションを買おう。 そうすればびんぼうとはおさらばできる。 惨めったらしいびんぼう人生をリセットし、なんだったらプチセレブと呼ばれるような満ち足りた人生の再スタートを切ることができるに違いない。 いや、そうなんだ。 そう信じるしかないんだ。

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(※ 良心と引き換えにおぜぜを手にし、意気揚々とマンションの契約に向かうチェンさん)

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(※ 売主である老夫婦に契約をドタキャンされ、ショックのあまり具合が悪くなったチェンさん)

・ 1997年の本土返還以降、中国との密接な関係のもと発展を遂げていた香港経済ですが、一方で市民間の貧富の格差はどんどん顕著になり、ブクブクと膨れ上がった住宅バブルに飲み込まれる人たちも少なくありませんでした。 土壇場で欲をかいて売値を釣り上げた老夫婦も、分不相応なマンションを渇望したチェンさんも、どちらもその中のひとりだった。 つまり、なにもかもびんぼうがわるいのです。(←超訳)

・ あと一歩という所でマンション購入計画をおじゃんにされたチェンさんの怒りと絶望は、ごうつくばりの老夫婦や役たたずの不動産屋ではなく、全く別の方向へと向けられました。 「だったら売値を下げざるを得られない状況にしてやんよ」という方向へ。

・ このチェンさんの思考回路が、私にはとても異様に感じられました。 「せっかく金を揃えたのに、さらに値をあげやがって!ゆるさん!」とヒトに対する復讐を始めるのではないのか、と。 肝心なのはあくまで「家」だけなのだなぁ、と。

・ チェンさんにとって「家を買う」ということは、その先にある「幸せ」へ至る為の手段ではなく、ゴールそのものだったのですね。 あまりに極端な考え方ですし、家だけあってもしょうがないのでは・・と思ってしまいそうなのですが、回想シーンを巧みに使ってその辺りの(家に固執するに至った)説明がなされているのでストンと納得する事ができました。

・ ダラリと垂れた糸電話で幼馴染との別離を表したり、びんぼう感満載のボロマンションを高層マンションの影が被ってゆく様で香港経済の偏った発展具合を示したり、狭いビルの隙間、寄せ集まるようにしてタバコをくゆらせる銀行員たちの姿に抑圧された彼らの生活を暗示させたりと、言葉以上に目で物語を感じ取らせてくれるトコロがすばらしいと思います。 なんというか、粋なのですよね、演出が。

・ 粋さ加減は、本作を多くの比重で占める「ゴア描写」においてもキラリと光っており、抜きん出た能力のない「ただの女性」が沢山の人を死に至らしめる為に凝らした創意工夫の数々が、時にユーモラスに、時にギョエーという程の残酷さで描かれております。

・ とにかく、冒頭の「警備員殺害シーン」におけるたっぷりとした時間の使い方だけで、「この監督はただものじゃない・・・!」と、思わず居住まいを正してしまうこと請け合いですよ! 無情すぎてマジ震えたよ!

・ ぽこんと出した目玉は踏み潰されるべし。ぽろりとご開帳したチ○コは切り落とされるべし。というホラーのあるべき姿を追求したおもしろシーンも見ごたえたっぷり。 切り裂かれたお腹から零れ落ちる十二指腸の質感もなかなかのものでした。欲をいえば、もう少し腸がふっくらしている方がよかったですね。なんというか、ホカホカ感がね・・・でもデュルルルン感はばっちりでしたヨ! って何を言ってるんだオレは。なにを力説してるんだオレは。(そしてまた世帯主さまに怒られる)

・ DVDにおさめられていた本作の監督パン・ホーチョンさんと園子温監督のインタビューを見てみると、この「チ○コ切断シーン」には並々ならぬこだわりが込められていたそうで、「転がるチ○コは徐々に萎えて縮んでゆき、それと同時に切断面から赤い血が、先端から白濁した液体がたらりと垂れなきゃダメなんだ!ぼくは最初からそう思っていたんだ!」と熱く語るパン監督の姿に心を打たれました。 ま、そう言われるまで気付かなかったんですけどね!(巻戻して観たら確かに白いの出てた。)

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(※ その後もチ○コ描写の規制について思いの丈をぶつけ合う両監督。 どういう特典映像なんだよ・・・)

・ こだわりといえば、布団圧縮袋を被せられて殺害される妊婦さんのシーンも、とことんリアリティにこだわった非情におそろしい死に様となっておりましたよ。 掃除機をセットして空気を吸い出し始めてからのくだりを俯瞰からのワンカットでとらえていたのですが、これが結構な長さでして。 試しに一緒に息を止めて観ていたら、いつまでたっても画面が切り替わらず「ムゴゴゴー!!」ってなってしまいました。 あの状態で演技までしちゃうんだから女優さんってホントすごいですよね!

・ 美しく、残酷で、愚かで、難儀で、おぞましい作品だったと思います。 人の命を屁とも思わない女性が主人公ですが、彼女が誰かに襲いかかればかかる程「人の命って儚くないんだな」と思わされる(そうそう簡単には死んでくれないので)という、なんとも不思議な仕組みになっておりますので、ただ単にバカスカ人を殺しまくる映画とは一線を画しているのではないでしょうか。

・ ともかく、グロに抵抗の無い方に限り、全力でおすすめします。苦々しいオチも秀逸でしたよ!
   


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『ハチェット アフターデイズ』(シリーズ2作目)

2012年02月06日
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あらすじ・・・
呪われた沼に戻ってきた荒くれ者たちのみなさんが手斧を持った殺人鬼に追い掛け回されて、ギャバーってなってブシューってなってドビャーってなります。

自身2作目の長編映画『ハチェット』で世の中のすきもの達をほくほく顔にさせたアダム・グリーン監督が、置き去り系サスペンス『フローズン』を間に挟みつつ、再びエログロホラーの世界に舞い戻った・・・!
・・ということで、前作から4年の時を経て送り出された『ザ・手斧2』を鑑賞しました。

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(※ 前作のラストで絶体絶命のピンチに陥っていたヒロイン・メリーベスさんが)

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(※ 今回はこんな感じにリニューアル・・ お、思てたんとちゃう!!)

失恋のショックを「地獄の沼ツアー」で紛らわそうとした青年が(中略)ミンチにされるという、なんのひねりも無い超オモシロスラッシャーだった『ハチェット』。
今回の続編は、4年ぶりのお目見えだというのになんと前作終了直後という設定でスタート。
ただし、ヒロインの中の人は大人の事情で別のチャンネーにリニューアルされているという、違和感があるようなないような幕開けとなっております。 いや、実を言うと前作のチャンネーの顔はすっかり忘れてしまっていたので、違和感なかったです! ごめん、正直ごめん!

本シリーズの何がすばらしいといって、「出し惜しまない」点が最高に好ましいとアガサは思うのですよね。
脱ぎ要員のチェンネーはあっけらかんとちちを放り出す。
殺され要員のみなさんは趣向を凝らした(かつアリエない)方法で切り刻まれる。
殺人鬼である怪人ビクターは、オリジナリティ溢れる怪奇フェイスをモロ出しで走り回る。
細かい事は気にしない。
よってらっしゃいみてらっしゃい精神に満ち溢れた、ペラい内容。 それが本作の魅力であり、見所であると思うのですよ。
今回もそこいらへんの「出し惜しまなさ加減」はバッチリ健在で、本編が始まって一番最初に映し出されるのは、なんとビクターの超おっかない素顔。 
そりゃもう画面いっぱいにドバーンって。
惜しまないにも程があるわ!というくらいに。
いくら続編だとは言え、他のホラーならば「メインである殺人鬼」のご面相はここぞという時まで温存すると思うのですよ。 
しかし、本作は全く惜しまない。 なんと気持ちの良い連中だろう!

その後、ビクターとヒロインとのちょっとした格闘から、物語はタイトルバックすら出すさないまま一気に核心へと雪崩込み、ヒロインを助けた沼の近所に住むおじさんの口から、「怪人ビクター誕生に一役買っていた悪ガキは、実はヒロインのお父さんだった」という衝撃の事実がさっくり告げられたり、そのおじさんがビクターの急襲に遭ったり、腸を引っ張り出されて「オーエス!オーエス!」風に弄ばれた挙句に首を腸で絞められたり、腸パワーでちぎれた首が宙高く舞い上がったりという頭が悪いにも程があるオモシロ映像が映し出されたトコロでオープニングクレジット。
まさに息もつかせぬ魅せっぷり! 憎いね!日本一!!(※洋画ですケドも)

ただ、今回はこの抜群なオープニングから後半再び沼に戻りてんやわんやするまでの間、結構な時間を費やして「ドラマパート」が描かれておりまして、
「ヒロインの父は、どんな風にビクター誕生に関わったのか」
ですとか
「そもそもビクターのおうちはどんなご家庭だったのか」
みたいな逸話が、ぼくらの頼れる兄貴ことトニー・トッドさんによって涙ながらに語られるのですが、このくだりがホントにもうどうにもならない程退屈極まりなかったのですよね。
前作の時点で、ある程度の「出生の秘密」は説明されておりましたし、よしんば前作のおさらい的な意味合いなのだったとしても尺使いすぎだろ。
やたらと感極まってすすり泣くばかりのヒロインとトニトド兄貴を観ていたアガサの脳裏には、以前アダルト向けビデオについて
「ドラマ部分なんか正直いらんねん!そんなもん全部早送りしたんねん!」
と男らしく語っていた時の世帯主さまの凛とした眼差しが浮かんでいたのでした。 わかる!わかるわーなんとなく!(違うわい!って言われるかもしれないケドも)

新事実として紹介されたポーカスホーカス的ないわゆるひとつの「呪い」要素も・・ まぁ・・設定に説得力を持たせたかったのかもしれませんが、あってもなくてもいいですよね・・ ビクターくんが無駄に不死身なトコ、オレらそんなに気にしてないヨ!
もしかしたら、前回はカメオ程度だったトニトド兄貴をメインキャラクターにする為の工夫だったのかもしれませんが、とりあえずもう次からは新事実なんていらないので、サクッと本題に入ってもらえたらなぁ・・と。

本題に入ってからの展開は切り株描写満載の安心設計となっておりまして、「いかにオモシロく殺されるか」に全力投球するおっさんたちの勇姿に舌つづみを打ったり、トロマ色豊かなビクターくんの造形に胸を熱くするなどして、たっぷり楽しむことができましたよ。
超長いチェーンソーで2人同時に縦割りしたら睾丸がプラーンとか、テーブルに頭をつけて後頭部を蹴っ飛ばしたら顔の上半分だけがテーブルの上をツルルーとか、せっかく「ドラマ部分」で描かれた登場人物のキャラ設定がまるで活かされない殺戮シーンがとても味わい深かったのですが、なかでも「上半身だけになったトニトド兄貴の背骨を持ってエイヤーと引っ張る」シーンは本当にひどい!(もちろんいい意味で)
普通ね、背骨を引っ張ったら、骨だけがぶっこ抜けると思いますよね。 なんだったら、背骨に頭蓋骨がついた状態でスポーンってなるのかなぁ・・くらいの想像をね、するじゃないですか普通。(ホラー愛好者にとっての“普通”)
ところがグリーン監督がしでかしたのは、薄皮だけ残して中身が全部すっぽ抜けるという超大技! 黒人のトニトド兄貴があら不思議!ツルリとした白人に大変身! バーカ!おまえバーカ!!(←グリーン監督に対する最大の賛辞)

ロバート・イングランド、トニー・トッド、ケイン・ホッダーというホラーの三大イコンが顔を揃えた前作に引き続き、今回は『チャイルド・プレイ』のトム・ホランド監督が顔出しで後方支援。 
超有名ホラーサイト「ホラーSHOX [呪]」さんの記事によりますと、トロマの祖ロイド・カウフマンさんや『ワナオトコ』のマーカス・ダンスタン監督もカメオ出演されているとの事です。
なんというかね、『ホステル2』にルッジェロ・デオダート監督がホクホク顔で出ていた時みたいな、和気あいあいとした感じがいいですよね。 
きっとグリーン監督もみんなに愛されているんだろうなぁ。
あのね、ホラーを愛する人って、意外といい人が多いんですよ。ホントだよ。

ちょっとしたヒネリが楽しいクライマックスの展開や、ブチギレヒロインによる大暴走も小気味いいばかりで、ますますグリーン監督の事がだいすきになってしまったアガサだったのでした。
一応製作が予定されている第三弾も大いに期待して待ちたいと思います!


参考記事
映画|ハチェット アフターデイズ|Hatchet 2 :: ホラーSHOX [呪] 映画|ハチェット アフターデイズ|Hatchet 2 :: ホラーSHOX [呪]  ←超くわしくてべらぼうに面白いレビューです!おすすめ!

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『スーパー!』

2012年01月17日
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※ 今回もネタバレしていますので、ご鑑賞後に読んで頂けると嬉しいです。



あらすじ・・・
性に目覚めれば厳格なクリスチャンである父に折檻され、就学すれば同級生にイジメられ、奇跡的にゲットできた女の子と一緒にプロムに行こうとすればカメラマンに寝取られ、取り立てて誇れるような特技はなく、髪はくせっ毛、顔もブサイク。
かように、屈辱と苦痛にまみれたフランク・ダルボの人生だったが、ある日天から救いの手が差し伸べられた。
彼の前に現れた天使の名前はサラ。
クスリで身を滅ぼした事があるサラは優しく、美しく、フランクの全てを包み込んでくれた。
彼女の存在こそが、暗闇に閉ざされたままだった彼の人生に差し込む唯一の光だった。

しかし、蜜月は、サラの悪癖にぴったりマッチするイケメンドラッグディーラー・ジョックの登場によって、あっけなく幕を閉じる事となる。

光を奪われ、絶望のどん底に叩き込まれたフランク。
その耳元をかすめる、崇高で完美なささやき声。
「今こそ悪に立ち向かうのだ・・ 神がその力を与えてくださることだろう・・・」


フランクは かいでんぱを キャッチした!!

【ヒーローはなぜマスクを被っているのか】
いわゆるアメコミのヒーローの多くは、自分の素顔を隠すため個性的なマスクを着用していますよね。
それはもちろん、世の中の悪人たちに素性をさらす事で発生する様々な危険を回避する為だとは思います。
もしくは、心理学的な知識を持つ人ならば、あのマスクにはまた何か別の意味が込められている事を発見出来るのかもしれません。
しかし、なんの知識も持たない野生児アガサはこう思うね!
ヒーローはみんなちょっとばかしへんたいだからだと!
・・・そうそう、マスクをかぶっていないと興奮しないタイプで・・ってオイ!今沢山のアメコミファンの人を敵に回した気がする・・ッ!!

まぁ、へんたいは言い過ぎかもしれませんが、ちょっとオカシイ人なんだろうな、とは思うのですよね。
日常生活の中で、「えっ」と思う事や「なんじゃコイツ・・」と憤る事は多々あります。
でも、多くの人は自分に出来る範囲の「正義」を行うのが精一杯ですし、また、アガサはそれでいいと思います。
自分の大切な人を守る。それよりも大切な事なんてないと思うからです。
でも、ヒーローは違う! 
ヒーローはけっこうな広範囲で悪を倒す・・・己の信じた「正義」の為なら、たとえ体がボロボロになろうと身内を危険に晒そうと致し方ない・・なぜなら、それがヒーローなのだから!! こえぇー!ヒーローの行き過ぎた「正義観」こえぇー! 
みんなの為であることは確かながら、その一方、どこか「満たされない自分の心の穴を埋める」為であることも否めないヒーローの行い。
そのマスクは、もしかしたら彼らの「正義って言いながら自己満足になっちゃっててゴメン」という罪悪感を包み隠そうとしているのかもしれない・・・ あとやっぱ嗜好の問題かな!


【「神のお告げ」最狂説】
訳もなく、いや、きっと訳はあるのでしょうが、突然「いけすかない奴」を襲い始める人たち。
「いけすかない奴」は、時に個人的な恨みを抱えた相手ではなく、全く縁もゆかりもない人であることもある。
なぜ?  と私たちは思う。特にそれが度を超えた暴力であったり、あまりに大人数に対する仕打ちだったりした時に。
そんな問いに、「神のみ心に従ったのです」って答えられた時のおそろしさね! こえぇー!!神のみ心超こえぇー!!
まだ「腹が立つ事があったからやりました」って言われる方がなんぼかマシですよ! なんとなく「あー、人間なんだなー」という気持ちが湧きますもん。
ところが「神の代理人を仰せつかりました」なんて名乗り始められたりなんかしたら、もう完全にアウトですよ。
「うわぁ・・」ですよ。 
「これは話が通じないタイプのアレやで・・」ってドっと疲れますよ。
自分が人生で受けてきた不当な扱いに対する復讐。
それを「正義」だの「神のみ心」だのにすり替えて正当化する人には、底なしの狂気を感じますね、ぼくは。


【しあわせのものさし】
ちょっと前に、「世界一幸せな国」としてがっつり紹介されていたブータン王国。
あるテレビ番組では、「どれくらい幸せなのか実際に体験してみよう!」というあたまのわるそうな企画を放送。 わざわざ山奥の村に出かけ、やれ電気がないの電話がないのと大騒ぎした挙句、「でも慎ましやかな幸せってのもあるんですよね」とかなり上から目線で締めていましてワチャーという気持ちになってしまったのですが、結局、しあわせのものさしって自分の中にしかないのではないかと思うのですよね。
なにをしあわせと思うか、なにをふしあわせと思うかなんて、所詮自分次第。
同じように100円を拾ったとしても、「超ついてる!」と思う人もいれば「この程度の運しかないんだよね・・」と思う人もいる。
誰かにとって不幸な事が、他の誰かにとっては幸せな事がある。 そういうものなのではないでしょうか。
要は、どんなものさしが持てるか。 
自分の周りに転がっているミクロ単位の出来事をも、大きなしあわせとしてはかれるものさしを持っていれば、きっとその人はとてもしあわせに過ごせるだろうと思います。


【フランクは怪電波をキャッチした!】
本作は、冴えない中年男が愛する妻を寝取ったチンピラに対し制裁を加える、というとっても好感の持てるお話だったのですが、そこに「神の名のもと」に繰り広げられる流血祭りが加わる為、さらに好感度が増してしまいました。
自分の人生に於いて、「逃走犯を追うおまわりさんに協力した」ことと「超美人のサラと結婚できた事」以外はすべて苦痛でしかなかった、と語るフランクは、不当な扱いの源はすべてこの世の中に存在する「悪」のせいなのだ、と思い込みます。
ものさしがガラクタなので、「ダイナーのコックさんだけど立派な一戸建てに住めている」とか「一緒に映画を観に行ける悪友もいる」とか「特に問題なく日々暮らせている」といった恵まれた環境には目もくれません。
そして、「自分のしあわせの象徴」であるサラに捨てられて意気消沈のフランクは、寝る直前に観た宗教バラエティの影響をモロに受けた内容の夢から「これこそは天啓なのだ・・・!」と、ビリビリっと、アレな電波を華麗にキャッチ。
へんたいの象徴である手作りマスク&コスを身にまとい、普段は出来ない乱暴な行為に躊躇することなく手を染めて行きます。
途中、アメコミとセッ○スとバイオレンスが大好きなギャル・リビーとの交流を経て、諸悪の根源であるジョックの巣窟に乗り込むまで、初志貫徹して「狂気」を貫き通すその姿のなんと潔いことか。

そう、アガサは、フランクは最初から最後まで堂々たる狂人だったと思うのです。幼稚な狂人だったと。
テンションがあがると凶暴性に磨きがかかるリビーを見て、多少怖じ気付いたようなそぶりをみせるものの、ターゲットを「おおまかな悪」から「私怨」に絞るのみで、方向性を変える事無く聖戦の準備を始めるフランク。
フランクにとって、「ヤクを購入している主婦の頭上にブロックを落とす」事にも、「行列に割り込んだカップルをレンチで滅多打ちにする」事にも、「銃器と爆弾を抱えてジョックの家を襲撃する」に事も大きな違いなどないのです。
あるのは「人が困る事をする奴は全部悪(あく)!」という信念だけ。
「ただし、やっている事の程度によって、注意するくらいで済ませるのか、ちょっと一発ぶん殴るのか、おまわりさんに引き渡すのかは区別しないとね」なんていう分別はない! 
当然「お仕置きはかかせないとして、レンチはシャレにならないから別の道具にしよう」なんて配慮もない!
悪いからお仕置き!  強そうだからレンチ! でも顔を見られたらコワイからマスク! 小学生か!!

「悪気があるんじゃないよ。神さまの言うとおりなんだよ」と言い通すフランクの狂いっぷりと言ったらねぇ・・・ 
なまじっか、害の無さそうなとっちゃん坊や然とした風体をしているだけに、より一層恐ろしかったですね。
元ジャンキーのサラにヤクを与え、まんまと寝取って我がものとし、新製品の試し打ちや取引相手への貢物として利用するクズ人間・ジョックなんてかわいいものですよ。
自らの鬱積を神の名のもとに晴らしまくるフランクの狂気は本作の見所であり、さらに言うならば、そんなフランクが死体の山を築いたのちも何のお咎めも受けず、それどころか、以前よりも制度のいいものさしを手に入れ、たくさんの「しあわせ」に囲まれるというラストこそは、最も狂っているポイントだと思います。
こわい・・・ オレはこの作品が心底おそろしい・・・!! (でも好き)


【まとめ】
フランクに訪れる穏やかそうな日々を見て、不条理な世の中を表しているバッドエンドと思う人もいるでしょうし、紆余曲折の果てに新たな人生を歩み始めた希望漂うラストと思う人もいるでしょう。
前者のアガサは、「神のお告げ」が、実は「自分を救う為」ではなく「世界に必要とされている女性を救う為」だったのだとフランクに気づかせるという、建て前に欺瞞を塗り重ねたような結末も含めて、とてもおもしろい作品だったなぁと思いました。
フランクの姿をアメリカに重ねて見ると、このお話はまた一段と興味深くなります。
「困っている」人の所に出かけて行って「正義」の鉄槌を振り下ろす。時には、自らが定めた「正義」の執行によって犠牲となった仲間を思い涙を流し、自分たちがどれだけ恵まれているかという事を神に感謝してみたりもする・・・。
フランクはアメリカなのか。 
いや、フランクは私たちが勝手に抱く「都合のいい正義」そのものなのか。
自分が設定した「悪」が退治される様にカタルシスを感じる一方、どこかバツの悪さを感じてしまうのは、自分の中に潜む残酷な本音を暴かれているような気持ちになるからなのではないでしょうか。
市井の人・フランクの狂気は、多かれ少なかれ私たちの中にも備わっている狂気なのかもしれませんね。もしかするとね。


【追記】
・ ジェームズ・ガン監督の前作『スリザー』も、冴えない夫が若くて美しい妻に夜の営みを拒まれるトコロから始まるのですが、ジェームズはあれか、夫婦生活に何かトラウマでもあるのか。

・ 本作は、妻の愛を取り戻そうと暴走をはじめる夫や、夫を変えるきっかけになる「ヌメヌメした物体」など『スリザー』と共通するポイントがいくつかあり、なんというか、監督の趣味のよさが垣間見えてすばらしいと思いました。 ユーモアとゴア描写のバランスもとてもいい!

・ 幼いころから受けてきた「イヤな思い出」によって、屈折した性格になっているフランクの気持ちもよくわかるのですよ。 アガサも、物心ついた頃から容姿の事では散々つらい経験をしましたし、それらが積み重なった結果、周りの人がかけてくれる温かい言葉を素直に受け入れる事が出来ないくらい捻じ曲がってしまっていた事もありました。 でも、辛い経験をした事のない人などいないし、やたらと「自分がわるいんだ・・」と自分を責めるのもどうかと思いますが、「全部周りがわるいんだ」と攻撃的になるのも、結局自分がしんどくなるだけなんですよね。 フランクも、サラと結婚出来た時に「これからは彼女を支える事に全力を注ごう」と思う事が出来ていれば、お互いにいい方向に進めたかもしれないのになぁ・・と思いました。  もったいないなぁ。

・ 鼻ソケットの死にざま!!(股間!!)

・ フランクを目覚めさせる宗教チャンネルのヒーロー番組が、愛のないセッ○スを避難し「BまでならまだしもCまで行ったら二人とも地獄に堕ちるぞ」と諌めるくだりがあるのですが、フランクとリビーはその直後まんまと肉欲に溺れ関係を持ってしまうのですよね。 これは、その後二人が地獄に堕ちるフラグとなっているのだと思いますので、無残に死んでいったリビーだけではなく、新生活を始めたフランクを待ち受けるのも、きっと地獄なのでしょう。 わしはそう願う。

・ ま、それもみな神のみぞ知る、なのですけどね。

・ 映画史上最強のサイドキック・ボルティ登場!

・ メンタル面は強いわ、可愛いわ、凶暴だわ、淫乱だわって・・  なんや!これ以上なにが必要なんや!!

・ リビーの魅力に気づかないフランクは史上最低の大まぬけ。

・ オープニングが最高にかっこいい! みんなもテレビの前で一緒におどろう!!(※グロ注意)


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