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『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』

2016年12月17日
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あらすじ・・・
反乱同盟軍の精鋭部隊ローグ・ワンが帝国軍の最終兵器「デス・スター」の設計図を手に入れます。


【「すきなものだけでいいです」管理人・アガサ氏による涙の謝罪会見 一問一答】

先日、 『スター・ウォーズ』 シリーズの外伝として公開された 『ローグ・ワン』 を鑑賞したばかりのブログ管理人・アガサ氏が、興奮冷めやらぬままに自らの誤認識について緊急会見を行った。

会見での一問一答は以下の通り。




「このたびは私事のことで、このような場を設けさせて頂き、大変恐縮致しております。 また、日ごろからブログを見て下さっている皆さまには、平素より格別なお引き立てを賜り有り難く厚くお礼申し上げたいと思います。」

--今回謝罪したいということだが、そもそも何についての謝罪なのか

「 『ローグ・ワン』 に対して勝手に抱いていた浅はかな想像を深く恥じ入っての謝罪でございます。」

-- 『ローグ・ワン』 についてどのようなイメージを抱いていたのか

「まずは、「どうせ過去の遺産で食ってくアレでしょ」という思い込みでございます。 本作が「スター・ウォーズ外伝」である、ということや、事前に見聞きしていた「ダース・ベイダーが出るらしい」という情報から、わたくしの中に「まあねーそこいらへんのキャラ出されたら、たいがいの事は許せちゃうもんねーなんかもうありがたやーってなっちゃうもんねー」とお馴染みのキャラクターやイベントを散りばめて、おっさんやおばさんをホイホイ釣っちゃおうというアレだと決めつけていた部分があったと思います。」

--実際にはどうだったのか

「たしかにお馴染みのあれやこれやは出てきました。 しかし、それは冷静に考えれば至極当然のこと。 なぜなら本作は、エピソード3とエピソード4の間を埋める正当な「外伝」。 個人的には未だに違和感が拭えきれていないエピソード1のキンピカ宇宙船(ナブー・ロイヤル・スターシップ)ではなく、愛すべきガタピシ号(スターファイター群)が活躍していた時期の物語なのですから。 マシンも、ドロイドも、パイロットも、そして帝国軍のえらい人もみんな出るべくして出ているだけのことなのです。 安易なホイホイ装置ではないのです。」

--ダース・ベイダーについてはどうか

「ベイダー卿に関しても、まったく非の打ちどころのないゲスト出演っぷりでした。 出るタイミングも出ていた量も言う事なし。 存在感をアピールしつつ、本作においてスポットをあてられるべきはどこなのかを充分にわきまえた引き際。 ポスターで絶妙に見切れていたことが全力で納得できる出演内容でした。」

--昨年 『フォースの覚醒』 を観たあと、こっそり家族に「アレだぜ、あいつらハンソロ出しときゃいいと思ってんだぜアレ」と洩らしていたようだが・・

「たしかにそういったようなことがあったかもしれませんが、あいにく記憶にはございませんが、しかし、もしあったとすればわたくしの不徳の致すところでございます。 あと、ハンソロはともかく本作のベイダー卿は絶妙だったことを重ねてお伝えしたいと思います。」

--ストーリーに関してはどうか

「ストーリーに関しても、大きな誤認識といいますか、思い込みがあったことをお詫び申し上げたいと思います。 エピソード1~3が作られると知った時、また、実際鑑賞した時に抱いた「まあなーアナキンがベイダー卿になることはわかってたもんなー」というわずかなガッカリ感。 それをいまだに引きずっていたことが主な原因でございます。」

--つまりどういうことか

「設計図が最終的に反乱軍の手に渡ることは、みなさんご承知だと思います。 そういうことです。」

--もう少し詳しい説明を

「なんだかんだいって、孤高の女戦士がアウトローな仲間たちのリーダーになって、華麗に設計図を盗み出すんだよな、ぐらいに思っていました。 いまは深く反省しております。 たしかに大まかに言えばそのようなストーリーでした。 しかし、しかしその裏にまさか、あそこまで深いドラマがあったとは・・・」

(ここでしばらく涙がとまらなくなる氏)

--深いドラマとは

「デス・スターの設計図が反乱軍に手に渡るまでには、名もなき戦士たちの活躍があった。 それが今までのわたしの認識でした。 しかし、そうではない。 そうではないのです。

(再び号泣)

彼らは誰ひとりとして、「名もなき」などではない。 ひとりひとりに立派な名前があり、守りたい大義があり、ゆずれない誇りがあり、愛するものがいる。 本作を観たことで、過去のシリーズ、中でも、原点であり傑作としても名高いエピソード4が、より一層すばらしい作品だと思えるようになってしまった。 誤解を恐れず申すならば、 『ローグ・ワン』 はある意味本家を超えてきた、と言っても過言ではないのです。」

--ある意味、とは

「もちろん、 『スター・ウォーズ』 シリーズはどれも大好きですし、最高におもしろい作品です。 いままでもこれからも、わたしにとっては大切な宝物。 そして、今回 『ローグ・ワン』 も同じように、わたしに欠かせない作品になった、ということです。 わたしにとっても、きっと 『スター・ウォーズ』 という壮大なサーガにとっても。」

--もう少し具体的に言えないか

「すみません・・・ 本当にそれだけは・・・ ただ、小さい頃「デス・スター弱えーーーー なんでミサイル撃ち込まれたぐらいでぶっこわれるのーー超弱えーーー」とエピソード4を観て笑っていた自分を叱ってやりたい気持ちです・・ デス・スターがあんなにすぐぶっこわれていた理由・・ それはな・・・ それはなぁ・・・っ!」

(激しく嗚咽し始める氏)

--他に謝罪したいことは

「ドニーさんの役名がなかなか覚えられなくて、職場の同僚に「ほら、あの、おしゃれモデルが愛用してるスーパーフードみたいな・・」って言ったことを心からお詫び申し上げたいと思います。 それチアシードな。」


--ドニー・イェン氏に関しては他にも心配していたことがあったそうだが

「そうですね、これも勝手な心配でしかなかったのですが、わたくしの中には過去にドニーさんが出演されていた 『ブレイド2』 の記憶というものが、今でも鮮明に刻み込まれておりまして、ハリウッド出演を喜ぶと同時に、スノーマンのアレを繰り返して欲しくない、というかまたあんな扱いだったらどうしよう、というようなノー・モア・スノーマン的な感情が抑えきれなかったのだと思います。 もちろん、すべて杞憂でございました。 あらためてお詫び申し上げます。」

--ドニー・イェン氏の出演は成功だったのか

「成功も何も、めちゃくちゃ需要な役割でしたし、めちゃくちゃいい役割でしたし、ドニーさんだったからこそ、チアルート・イムウェはここまですばらしい人物になったのではないでしょうか。 ドニーさんさいこう! ドニーさん超さいこう!! これはもう、ちょっとしたドニーさん祭りですよ!わっしょいわっしょい!!!」

--殺陣はどのくらい魅せていたのか

「それ聞きますか?! それ聞いちゃいますか?!!! ドニーさんの役どころは盲目の修道僧なんですよね! ほんで、ジェダイの騎士なき時代においても、一途にフォースを信じているピュアな守護者なんです! プリプリでピュアピュア! 宇宙に咲く最強の華、ピュア・ドニー!!」

--ドニー・イェン氏のファンに対してひとこと

「僭越ではありますがわたくしからひとこと申し上げさせて頂けるならば、本作でドニーさんは名実ともに「宇宙最強」の座を手に入れたのではないでしょうか。 まさか幼いころからだいすきだった 『スター・ウォーズ』 の世界と、大人になってからだいすきになったドニーさんがひとつに結ばれる日が来ようとは・・・ 感無量でございます。 あと、本作を観たあとは、ドニーさんの真似をして「I'm one with the Force, and the Force is with me.」とつぶやきながら横断歩道を渡りたくなること請け合いだと思いますが、くれぐれも青信号もしくは周りでベイズばりにサポートしてくれる人を確保しておかれますよう、お願い申し上げます。 赤信号や信号機のない車道では試されませんよう、お気を付けください。」

--危険行為を助長するつもりなのか

「わたくしならば、真似とはいえ薄目を開けておくぞ、とだけお伝えしたいと思います。 本気でやったらダメ、ぜったい。」

--他の出演俳優に関してはどうか

「その点に関しましても、心から申し訳なく、深くお詫びいたしたいと思います。 ポスターを見て「華が無くね・・?」とか思ってすみませんでした。 K-2SOに対しても「これ浦沢直樹のマンガに出たやつじゃね・・?」と浅はかな感想を抱いてしまったこと、お詫びの言葉もございません。」

--具体的にはどのマンガか

「大変申し訳ありませんが、お答え出来かねます。 記憶があいまいなので・・・ たぶんなんかロボットのやつだと思います。」

--浦沢直樹とスターウォーズ、どちらが先だと

「それはもう、申し上げるまでもございません。 すべてはわたくしの不徳のいたすところと、猛省しております。 そもそも、見た目のことなど関係なく、K-2SOというキャラクターはぶっちぎりの文句なしでございました。 キュートでシニカルで気は優しくて力もち。  これは本作だけではなく、 『スター・ウォーズ』 シリーズに共通していることですが、わたしたちがお互いを理解しようとし、信頼しようとすれば、異種族、異生物間だけではなく、ドロイドと生き物との間においても友情は成立する。 それはとても尊いことである、と、心から痛感させられました。」

(思い出したように滂沱の涙を流し始める氏)

--今後 『ローグ・ワン』 を観直す予定はあるのか

「本当は初回を観たあと、そのまま二回目に突入するつもりでしたが、諸般の事情により断念いたしました。 もちろん、また日をあらためて鑑賞したいと思っております。 お金と時間の許す限り。」

--最後に何かあれば

「 『ローグ・ワン』 は、 『スター・ウォーズ』 を観た事がある方だけではなく一本も観た事のない方でも、決死の密使アクションとしても親子・友情のドラマとしても充分おたのしみ頂けます。 そして、前後のエピソードをご存じの方にとっては、驚きと納得に満ちた2時間14分になることでしょう。 ただただ息をのみ、ただただ総毛立ち、ただただ落涙するばかりの傑作。 最高オブ最高。 数十年後、「自分は 『ローグ・ワン』 を劇場で観た」、と誇りに思えるような逸品だと、わたくしは思います。 どうぞ、お気軽に劇場へ足をお運びくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。」







- 以下ネタバレを含む追記 -

・ 冒頭、惑星ラ・ムーに住む元帝国軍科学者ゲイレンのもとをクレニック長官が訪れるシーンの残酷なまでの美しさ。 もう、この時点でわたしは完全に『ローグ・ワン』に心を奪われてしまいました。 今までの『スター・ウォーズ』では観た事のないようなクールなオープニング。 これはやべえぞ・・ 

・ そのあとはずっと「わー」ってなったり「クスッ」となったり、おいおい泣いたりの繰り返しでしたよね。 ぜんぜん無駄なシーンないんですもん。 「あれ?」と思ったシーンも見事に回収されてゆくし、またその回収が超納得&号泣。

・ そりゃそうなんですよね。 ずいぶん長い間、反乱軍はいいやつ、帝国軍はわるいやつ、みたいな小学生並みの認識でいましたけど、反乱軍がいい人揃いの清廉潔白な正義の戦士なわけはないんです。 だってこれは戦争なのだから。 華々しく戦闘機で攻撃に向かうパイロットたちがいる一方で、相手の裏をかくため汚い手をも使わざるを得なかったスパイもいた。 もちろん、彼らは喜んで汚れ仕事を引き受けていたのではありません。 しかし、全ては「平和」のため、と心を殺して任務に当たっていた。 罪悪感に押しつぶされそうになっても、胸の奥を疑念の影が覆いそうになっても、その手を血で汚し続けた。

・ 生まれた頃から戦争状態の中反乱軍に拾われ、他に行く場所も生きるすべも知らなかったキャシアン。 彼と同じように「大義」のため生きてきた戦士たちの葛藤と生き様にショックを受けると同時に、これが戦争なんだ、とあらためて思いました。 

・ ジンもまた、幼い頃両親を失って以来、過激な革命の戦士に育てられてきた女性で、それがどれだけ異様な状況だったかということは彼女の高すぎる戦闘能力からもよくわかりました。 相手の攻撃に当たり前のように反応するジン。 戦わずしては生き延びれなかったであろう彼女の十数年間の壮絶さに心が痛みます。

・ 一緒に逃げるはずだった母親に見捨てられ(きっとゲイレンを置いてジンと一緒に逃げる手はずだったのでしょうが、ギリギリで娘だけを逃がし、自分は夫のもとに行ったライラ。 それは夫婦愛かもしれませんが、ジンにしてみれば捨てられたも同然なのではないでしょうか)、父とも生き別れとなり、育ての親であるソウからも置き去りにされたジン。 最初、デス・スターという銀河にとって危険な兵器の存在を知らされたとき見せた彼女の無関心さが、そんな生い立ちにあることは言うまでもないですよね。  なんでもうちょっとまともな保護者を用意しなかったのかライラよ・・・ よりにもよって革命家とかさぁ・・・ レイアはよかったね、まあまあまともな養父母でね。 まぁ、最終的にはレジスタンスの将軍になっちゃいますけどね。

・ 道義よりも任務を優先してきたキャシアン。 自分が生きることだけを優先してきたジン。 そんなふたりがそれぞれに抱えてきた感情を知り、自分たちが信じる何かのため、誰かのために戦うことを決意する。 こんなもんね、泣くなって言われても泣きますよ。 中盤からけっこうな頻度で泣きっぱなしでしたよ。

・ もうとにかく、登場人物たちが心を開いてからの友情・愛情・大爆発がすごい! キャシアンとジン、キャシアンとK-2SO、K-2SOとジン、ドニーさんとベイズ、ボーディとキャシアン、ひとりがみんなのために、みんながひとりのために、みんながみんなのために、文字通り命を懸ける。 全員の見せ場で胸が滾り、全員の散る姿に涙がとまらない。 すげえドラマですよ! 『スター・ウォーズ』って、実はすげえドラマだったんですよ!

・ 彼らとあわせて、父ちゃん役のマッツ・ミケルセンさん(この父ちゃんがデス・スターに仕込んだ復讐がホントすごい!もう二度とエピソード4を昔と同じ気持ちで観られない!)(※もちろん褒め言葉)やクレニック長官役のベン・メンデルソーンさんなどの俳優さんたちがみんな、、21世紀に作られた『スター・ウォーズ』新作とは思えないような昭和顔だったトコロもよかったですよね・・・。 違和感ないわー エピソード4の直前に作られたって言われても全く違和感ないわー

・ ただしターキン総督、おまえはダメだ。 CG顔にもほどがある。 そっくりさん探してきて、その部分だけやり直しの刑な!

・ アクバー提督と同じモン・カラマリ出身のラダス提督が、アクバーさんとちがってイケイケドンドンでかっこよかった。

・ ドニーさんの最高具合がわたしの語彙ではどうやっても言い表せません。 いつもの棒っきれで、ストームトルーパーをばったばったと倒すだけでもたまらんのに、ライトボウでタイファイターまで撃ち落としたりするんだぜ・・・? しかも後ろ手だぜ・・・? 信じられないだろ・・見えてるみたいだろ・・・盲目なんだぜ・・・

・ ヤバそうなAT-ACT出てきたけど、ドニーさんなら棒っきれであのひょろい四足ぶっ叩いてやっつけちゃうんじゃね?と思った瞬間が、わたしにもありました。 (さすがに無理でした)

・ ドニーさんとベイズさんのやりとり、全部が1億点満点でした! 「気をつけろよ」「だいじょうぶ、お前がいるから」とかマジで!劇場でギエエエエエって叫ぶのこらえるのに必死でしたから!! ギャレスよ・・・貴様おれたちの正気を搾り取る気か・・! このブロマンスがすごい・2016!

・ もうさぁ! この際ドニーさんも誰かのパダワンにならせてあげてよ! アニーのミディ=クロリアン、ちょこっとでいいからドニーさんに分けてあげてよ! 余るほど持ってるんでしょ! っていうか、最後のくだりなんか言わば半分ジェダイになっていたも同然なんだから、死後もスケスケシースルー状態で出させてあげてよ!!!

・ ここまで希望と絶望が容赦なくさらけだされた、悲惨とも言っていいゲリラ戦を描いたからこそ、フォレスト・ウィテカーさんが演じた革命家ソウ・ゲレラという人物のありようにも説得力が生まれるんですよね。 戦争は汚い。 戦争は非情だ。 両足を失い、友人たちを失い、呼吸器なしでは生きていけない体になったソウは、もうひとりのダース・ベイダーだったのかもしれません。 

・ 「敵」に負けないため暗黒面に落ちたソウは、もはや誰も信じることができない。 猜疑心と怒りと憎しみという、ダークサイドの必須感情を支えに、帝国軍だろうと反乱軍だろうと、前に立ちはだかるものはすべて倒そうとするソウ。 彼をふたたびライトサイドに引き戻したのは、娘のように愛していたジンの存在だった。 ジンを逃がし、すべてを受け入れたようにデス・スターの攻撃の前に立つソウの姿が、ルークに救われたアナキンに重なり、「もう少し早ければ・・」と深い悲しみがこみ上げました。 

・ 書いているうちに泣きそうになってしまったので、近いうちにおかわりしに行こうと思います。 とにかく超さいこうでした! ありがとう、ギャレス監督!ありがとう才能あふれるキャストのみなさん!そして製作スタッフの方々! The Force Will Be With Us. Always!





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『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』

2016年08月12日
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あらすじ・・・
職業婦人を目指すアリスが偏見にまみれた現実の壁に直面し、精神世界をさまよいながら心を整えます。


・ 前作『アリス・イン・ワンダーランド』があまりに口に合わなさすぎて「これホントにティム・バートン監督が撮ったの・・・?オレ騙されてない・・?」と思うほどだったので、最初は見送るつもりだったのですが、予告で流れるアラン・リックマンさんの声を聞いているといてもたってもいられなくなったので、とにかく観ることにしました。 で、観ました。 まぁ、その、なんというか、「せやな・・」という感じの作品でした。

・ どのあたりが「せやな・・」だったのかに触れる前に、なぜわたしが前作をまったく気にいれなかったのかを記しておこうと思います。 「だいすきなティム・バートン監督」による深読みファンタジーの最高峰「不思議の国のアリス」という圧倒的におもしろそうな『アリス・イン・ワンダーランド』を、なぜ気にいらなかったのか。 それは「赤の女王」の描写があまりにがっかりだったからです。

・ 原作小説に登場するハートの女王の残虐さと公爵夫人の面持ちをミックスして作られたようなオリジナルキャラクター・赤の女王。 演じるのは当時バートン監督のパートナーだったヘレナ・ボナム=カーターさん。 監督のこだわりがつまった(とわたしは思っていた)赤の女王は、それはとても孤独な人でした。

・ とても大きな頭にハート型の赤い髪。 ピエロのような白い顔と幅広に塗られた青いアイシャドー。 奇抜さを絵にかいたような女王は、恐怖でアンダーランドを支配していましたが、その根底にあったのは信頼できる人間がいないことの孤独と、国民から支持されていないことからくる承認欲求と、果てしない愛情への飢えでした。

・ この時点では、「ああ、バートン監督が描くとハートの女王(赤の女王)はこうなるんだなぁ、なるほどなぁ」と腑に落ちまくっていました。 多くの人に愛されない、支持されない、拒絶しかされない、グロテクスな外見を持つ人物というのは、いかにもバートン監督らしいキャラクターだと思ったからです。 「すげえわかるわ・・たしかに凶暴だし横暴だしワンマンだけど、赤の女王はただそれだけの人物じゃないんだよな・・・」と、彼女の行く末がとても気になりました。 なんだったら、アリス以上に気になったのです。 え?マッドハッター? ああ、いたいたそんな人。

・ ところが物語のクライマックス、彼女がかわいがっていた(唯一ありのままを受け入れてくれていたゆえに彼女も心から愛していた「怪物」ジャバウォッキー)をアリスが倒すと、みなに愛され、慕われ、うっとりするほど美しい彼女の妹・白の女王が王冠を手に入れ、彼女はあっけなく王座から転落してしまいます。 プライドを打ち砕かれてもなお、勝気な表情を保とうとする赤の女王。 白の女王によって王国からの追放を宣言された彼女は、そばにいた忠臣・ハートのジャックに「あなただけは離れないわよね?わたしを愛してくれるわよね?」とすがろうとします。 しかし、打算だけで女王に仕えていたジャックは、一緒に追放されるぐらいなら、と女王にナイフを向け、殺害が失敗に終わると「いっそ殺してくれ!」と人目もはばからず喚き散らすのです。 唖然とする赤の女王。 「彼はわたしを殺そうとした・・? 殺そうとした? 殺そうとした!?」 赤の女王の最後のセリフはこれだけ。 なんの余韻もなく、めでたしめでたしとばかりにジョニーデップのかっこいいダンスがはじまって、白の女王がアリスにうんたらかんたら・・・で終了。 マジか。 赤の女王これで終わりって、マジか。 これホントにティム・バートンさんが作ったの?

・ 「赤の女王も白の女王も、なんだったらアンダーランド内の生き物すべてはアリスの深層心理を表しているにすぎない」 ええ、そうでしょう。 「これはアリスの成長物語であって、赤の女王の一代記ではない」 もちろんそうですよね。 それはわかっているんです。 わかっているんですけど、中途半端に赤の女王が抱える「生きづらさ」が描き込まれていただけに、この「悪い女は誰からも愛されないし理解もされないし追い出されて当然」みたいな終り方に呆然としてしまったのですよね。 バートン監督ならもっと赤の女王に寄り添った物語が出来ると思っていた。 勝手な期待ですし、アリスという物語にそれは必要ないのかもしれませんが。 

・ で、それを受けての今回の『時間の旅』ですよ。 

・ 前作のラストで船出を飾っていたアリスが、見事雇われ船長として活躍するところから始まり、しかし前作でこっぴどく袖にした現・雇主のヘイミッシュから解雇を告げられ、「女は事務職でもやってればいいんだよ!」と時代錯誤だけど今の日本ではまだまだそんなに珍しくないセクハラ&パワハラ発言を食らって現実逃避し、再びアンダーランドに赴き、家族に会いたくてちょっとどうかなってしまっているマッドハッターと、復讐に燃える赤の女王の過去を旅するという内容だった今回の続編。 アリスは前作同様、「キツすぎる」現実を乗り越えるため、再び自らの深層心理へ潜り込み、父を容赦なく奪っていった「時間」への憤懣やるかたない想いにケリをつけます。 ようするに、再び成長します。 幼さが残る前作とは違い、大人として、社会人としての成長です。

・ このアリスの「時は戻せないけれど過ぎていった時から学ぶことはできる」的な成長物語はもう、「そうですよねー」ぐらいなもので「よかったねー」「やったねー」てな感想しか出てこなくてですね。 いや、なんでそんなに嫌味な書き方しちゃってるの?と思われるかもしれませんが、ホントにわたしの引き出しにはそれぐらいの気持ちしか残らなかったのですよね。 「時間」を受け入れ、「時間」を尊ぶようになった。そっかそっか、よかったよかった、という。 いい話じゃないですか。 そこはいいですよ。 そこはもう、いい。

・ よくなかったのはアリス以外の部分でして。 いや、正直いうと、アリス自体にも不満はありましたよ。 一言でいうと、「人の話聞かなすぎ」。 父を奪った「時間」を快く思っていなかったとはいえ、白の女王とかうさぎとか、「仲間」の言うことは鵜呑みにして、「仲間以外」の言うことはまったく聞かない。 アリスの頭にあるのは、「時間」の動力源であるクロノスフィアをちょっとばかし拝借して大事な「仲間」を助けたい。というただそれだけ。 どんなに「クロノスフィアを勝手に使うのは危険だ」と言われても「いいじゃん、すぐ済むから」と、世界の崩壊をよそ目に我が道を突き進む。 

・ この「聞く耳持たなさ具合」も、成長前のアリスそのものだといえばまさにそうなので、いちいちイラつくのではなく、そこからどう変化していくかを観ていけばいいだけの話なんでしょうし、なんだったらこのイラつきは脚本家の思うつぼなのだとは思います。 もちろん、アリスはその後自分の身勝手さのせいでアンダーランドが危機に瀕していることに気づき、大いに反省しますし。 でも、じゃあ、前作のアリスはなんだったんだって思うじゃないですか。 あの時一度成長してたと思ったけど、そこで身につけたものは「オレの仲間だけは守る!(ドン!)」みたいな偏狭さだけだったのか?って。 総合的な判断力や統率力が必要とされる船長として、長い航海を続けてきた経験はなんだったの? 運だけだったの? 冷静な判断力じゃなく、勢いだけで乗り切ってたの?

・ 運だけだったのかなんだったのかはさておき、本題に戻りますと、「自分の仲間」と「そうじゃない敵」しかなかったアリスの価値観はマッドハッターと赤の女王の過去をめぐる旅によって徐々に崩され、「人は見えている部分だけで判断してはいけない」とか「どんなヤなやつにも、ヤなやつにならざるをえなかっただけの苦しみがあったのかも」とか、そういう広い視野を持つようになります。 「時間」に対しても、「ただ無常に過ぎ去ってゆくだけ」ではなく「無常ではあるけれど非情ではない」ことに気づいたというか、「過ぎ去ったものを嘆くより、今あるもののかけがえのなさを愛すべき」ということに気づかされたというか、まぁとにかく大人になる訳ですね。 だからいいです。 アリスの部分はいいです。 はい、じゃあここから本題に入りますよ!(まだ本題じゃなかったのか) 

・ 今日の本題はこちら! 「マッドハッターがぜんぜんマッドじゃない」!

・ まぁね、前作の時点で原作の「不思議の国のアリス」と「アリス・イン・ワンダーランド」は名前だけ借りた別物ぐらいに思っておく方がいいってことは理解していましたよ。 いちいち比べんなよ!粋じゃねえな!ぐらいなね、そういう気持ちで観なきゃダメだって。

・ しかし、ならば「マッドハッター」と名乗ってくれるな、と。 だってぜんぜんマッドじゃないんだもん。 マッドハッターどころか、まとも。 超まともなハッター。 人間味も義理も人情もあるんでやんの。 ただちょっと個性的なだけ。

・ このね、「ちょっと個性的」な子がね、わたしのすごく身近にいるだけに、マッドハッターの描写がいちいち引っかかってしまってホントもうダメでした。 「空気を読まない」「調子に乗りやすい」「感情をコントロールしづらい」「得意分野には抜群の集中力と能力を発揮する」「(本人的にはつじつまもあっているんだけど周りにしてみれば)話の脈絡に一貫性がない」etc... はいこれもうぜんぜんマッドじゃないから。 めっちゃ普通にいるから。 これをマッドなんて言われた日にゃあたまったもんじゃないから。 

・ 通称が「マッドハッター」なだけで、彼には「タラント・ハイトップ」という本当の名前があります。 だから、「マッドハッターはマッドじゃない!」なんていきり立つのは馬鹿げた反応なのかもしれません。 実際きっとそうなのでしょう。 でも、では「マッド」という名前にこだわらず、「個性的なタラント青年」として観てみれば釈然とするのか、というとこれもちょっと引っかかる点がありまして。

・ 個性が強すぎるがゆえに父親と揉め、家族を捨て、そのままひとりぼっちになってしまったタラントさん。 息子に本音を打ち明けない父親と、間をうまく取り持たない母親と、反射的な言動が抑えられない青年が迎えた哀しい選択は、思わぬ結末を迎えます。 まさしく大団円です。 息子は素直に家族を歓迎し、両親は息子に愛を伝える。 でも、結局タラントさんが抱えていた「生きづらさ」ってどうなったの? 和解したことでそれらが「治った」とでも?

・ これはタラントさん自身の問題だけはないのですよ。 なぜなら、なんだったら(わたしの中では)もっと重大な問題に直結しているから。 では聞いて頂きましょう、もっと重大な問題であり、今回の本題その2・「赤の女王が不憫すぎる」!

・ タラントさんが個性的な青年なら、赤の女王ことイラスベスさんもまた、様々な生きづらさを抱える「個性的」な少女でした。 彼女が生まれ持った中で最も困難な性質、それは「強すぎる劣等感」だったのではないでしょうか。

・ 長女として、王位継承者としての責任。 国王の期待に添えているかというプレッシャー。 贔屓目なしで見ても美しすぎる妹。 自分は誰かに必要とされているのか、という不安。 太陽のようにまばゆい妹のそばにいて、たとえ両親からあからさまに比べられていなかったとしても、イラスベスさんの中には常に、彼女の「自信」を曇らせる「劣等感」という黒い雲がむくむくとたちこめていたのではないか。 

・ 彼女に必要だったのは、「あなたのありのままを愛している」という言葉であり、受け入れてくれる人だった。 しかし、実際与えられたのは彼女の容姿に対する嘲笑と、劣等感を隠すため強くなってしまった語気が生んだ「扱いにくい子」というレッテル。

・ 前作での描写だけでも充分しんどかったのに、その根底にあったのがこんな過去だったなんて、もうマジで地獄ですよ。 やはり赤の女王は「ただそれだけ」じゃなかったんだ。 標準サイズよりも大きめの頭で生まれたがために国民から笑われ、両親からは「ちょっとめんどくさい子」と思われ、不幸な事故により負った怪我でさらに頭が大きく腫れ、人生を恨んだ少女。 それが赤の女王だったんだ。 もうやだ。 つらすぎてやだ。 なんでこんなにひどい目ばっか遭うの。 イラスベスさんは歪んだ少女なんかじゃない、歪められた少女なんじゃないか。

・ で、歪めた大きな要因として登場したのが、タラントさんだったというね。 「空気を読まない」「調子に乗りやすい」「感情をコントロールしづらい」タラントさんが、「空気を読んで」イラスベスさんの容姿に触れないようにしていた国民たちを尻目に、先頭をきって大爆笑したのだった、という。 人の容姿を笑いものにしてはいけない、ということがわからなかったタラントさん。 当たり前のことがわからなかったタラントさん。 それはそのまま、彼の人生を生きづらいものにしていたのではないでしょうか。 わからなかったのだから仕方がない。 でも、仕方ないからそのままでいいわけではないのです。

・ 「空気が読めない」子たちは、たしかに読めないがゆえに言わなくていいことを言ったり、するべきではないことをしたりして、顰蹙を買ったり周囲の人たちを傷つけたりします。 けれど彼や彼女たちは、決して人の心が理解できないわけではない。 「それを言われると傷つく人がいるよ」と教えてあげれば理解できるし、なんだったら、教える前に気づく事だって少なからずある。 わかっているのに無意識に言ってしまい、言った後で「そうだ、これは言わない方がいいことだったんだ」と気づき、自分自身が深く落ち込むことのどれだけ多いことか。

・ タラントさんは衆人環視の中でイラスベスの容姿を大笑いした。 誰か彼に「あたなは間違ったことをしてイラスベスさんを傷つけた」と教えてあげたのでしょうか。 戴冠式を台無しにしたことを責めることはあっても、ひとりの少女の心に一生消えない傷を刻んでしまったのだということをきちんと説明してあげた人はいなかったように思えました。 それが、わたしにはどうしても受け入れがたかったのですよね。

・ アリスの行動をきっかけに、アンダーランドは一度崩壊し、再び美しい時を刻み始めました。 イラスベスさんは白の女王の謝罪と愛を受け入れ、過去を許した。 タラントさんも家族と再会した。 めでたしめでたし。 いや、めでたくないだろ。 タラントさんもイラスベスさんにあの時のことを謝らなきゃダメだろ。 「マッドハッターだから」で片づけちゃダメだろ。 だって、タラントさんはきっと理解できるから。 人の気持ちがちゃんとわかる人だから。

・  結局今回も、「タラントさんがそのずば抜けた個性ゆえに理解されず、孤独を選び、でも仲間に恵まれ、家族とも和解した」という根本的なものをスルーしたままのキレイな話と、「赤の女王は自らの身勝手なふるまいゆえに王国を危機に陥れ、でもアリスが頑張り、白の女王との姉妹愛を取り戻した」という救いになってるんだかなってないだかなキレイな話しか描かれなかった。 そこが本当にガッカリでした。 イラスベスさんを純粋に慕っていたらしき「タイム」との関係も、なんだかとってつけたようなものでしかなかったしなぁ。 

・ とにかく、わたしは赤の女王にとっての救いが欲しかったのですよね。 道化師のようなメイクで覆うしかなかった彼女の怒りや哀しみや失望に手が差し伸べられ、好奇の目にさらされ続けることで刻み込まれた精神的な痛みが癒され、今のような攻撃的な感情表現では新たな痛みが生まれるだけだよ、と教えてあげて欲しかった。 描かれることのない本作以降のアンダーランドで、彼女が少しでも楽に生きられ、「タイム」からの愛情によって彼女の劣等感が解消されるといいな、と想像するばかりです。

・ と、いうわけで、アリスの成長という本来のお話しからはかなり脱線した観方しかできなかったため、わたしにとっては「成長したね。おかあさんも壁を破ったね。会社、うまくいくといいね」という当たり障りのない印象しか残りませんでしたが、映像美だけでいうとそれはそれは煌びやかで美しかったですし、なんといってもアラン・リックマンさんの声をスクリーンで聞くことが出来ましたし、豪華なゲスト出演もたのしかったので、観てよかったと思います。 

・ 最後にもうひとつだけノレなかった点を。 時計の振り子がいくつも重なってアリスの行く手を阻むシーン、あんな困難そうなミッションなのにひとつめの振り子に飛び乗ったらあとは省略って、そりゃないんじゃないの? ああいうトコこそ見せ場なんじゃないの? 凝った仕掛けを出し過ぎて全部消化しきれていない感、もうちょっとなんとかならなかったのか。 

・ あと、アンダーランドに行っている間と現実世界で意識を失っている間のアリスの状態(設定)もいまひとつわかりづらかったです。 あっちの世界の1分はこっちの世界の何分なのか。 あっちの世界で喋っていることを、こっちの世界でうわごとみたいにしゃべっていたみたいだけど、病院から逃れて二度目にあっちの世界に行っていた間のアリスはこっちの世界のどこでどうしてたんだろ。 ああ気になる。 ザルすぎるヘイミッシュ家のセキュリティ以上に気になる。 っていうかヘイミッシュ家はお金持ちなんだからもうちょっと防犯がんばれよ。 セコム、してみますか。

・ ひとつだけと言いながらふたつみっつ書いてしまったこと、大変申し訳なく思っています。 正直すまんかった。 






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『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』

2015年12月21日
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小学生の頃初めて金曜ロードショーで『新たなる希望』を観た時からスター・ウォーズがだいすきになり(以下自分語り略)


と、いうことで待ちに待った『スター・ウォーズ』の新作、しかも一番すきだった『ジェダイの復讐(帰還)』からの続編である『フォースの覚醒』を、初日の全国同時刻一斉上映回で鑑賞してきましたよ!
商魂たくましいディズニーの策略に乗っかった訳じゃなく、普通にパンフも買いましたよ!限定のやつだけど乗っかってないから!映画観たら絶対パンフ買う派なだけだから!

映画を観る前(前日の夜辺り)から、緊張なのか興奮なのか原因は定かではないものの、身体に謎のじんましんが出始めまして、上映1時間前になると目の周りにまで発疹が及び、もうどうなることかと思いました。 
映画に関するストレスでこんな症状が出たのは初めてですよね。
ストレスって言っていいのかどうかわからんけども。
なぜ「映画のせい」と言い切れるのかというと、鑑賞後はきれいさっぱりひいていたからです。 
まぁ、感極まって泣いたせいで別の意味で目が腫れてましたけどね!

ようするにね!何が言いたいかと言うと、『フォースの覚醒』さいこう!ってことですよ!


では、わたしのなかで『フォースの覚醒』のどのあたりがどんな具合にさいこうだったのか、各登場人物のご紹介と共に簡単に記しておきたいと思います。
公開直後であるにも関わらず非常に面目ないのですが、オチを含めじゃんじゃんネタバレしていきますので、鑑賞前の方は絶対にご覧にならないようお願いします。 以下、鑑賞後の方のみお進みください。


■ レイのたくましさがさいこう

辺境の星ジャクーで鉄くずを拾い日銭を稼ぐ少女レイが本作の主人公なのですが、このレイがすごくいい!
「家族を待ち続けている」という設定以外なにも明かされないのですが、いきなり新たなストーリーの鍵を握るであろうドロイドBB-8になつかれたり、そのドロイドを手助けするために出たことのなかった星(ジャクー)から飛び出す羽目になったり、エピソード4のルークそっくりで、っていうかおまえ絶対スカイウォーカー一族の関係者だろ!っていう訳アリ感満載で、われわれのハートをがっちりキャッチですよ!
で、ルークと違ってこのレイは最初から実にたくましい女性で、なにせ一人ぼっちでジャクーという貧しい&荒くれ者ぞろいの星を生き抜いてきたものですから、サバイバルスキルも交渉スキルもかなりの高レベルなのですよね。
男性から手を差し伸べられるたび、「わたしはひとりで走れるから!」とピシャリと言ってのけるその姿勢・・・いいぞ・・・口だけ勝気なんじゃなく実績に裏打ちされた言葉・・・たくましい・・・ たくましいから宅麻伸・・・!

でも、そのたくましさの裏には、幼い頃「誰か」に置き去りにされたというトラウマや、その時告げられた「いつか必ず迎えに来る」という言葉をよすがにすることでなんとか耐え抜いてきた孤独や、本当はその「いつか」がくることはないとわかっているという哀しさが常に漂っていて、もちろん、彼女一人でも生き抜いてはいけるんだろうけど、やはり彼女を温かく迎えてくれる「だれか」がいた方がいいに決まってるんだよなぁ・・・と思わずにはいられないんですよね。
で、物語終盤、そんな彼女がやっと見つけた、というか素直に受け入れられた「だれか」の存在。
なんかもう、途中から親戚のおばちゃんのような目線で見守っていたわたしなもんですから、とても嬉しかったですし、これでますます彼女はたくましくなるぞ・・・ま ち が い な い ・・・! って思いました。 
あの、ほら、フォースも覚醒したしな!

今回結局トップシークレットのままだったレイの血縁関係が明らかになるであろうエピソード8はよくれ!


■ フィンの包容力がさいこう

訳あってレイと行動を共にすることになる脱走兵フィンもまた、ひと言では語れない複雑な過去を持っておりまして、そこがとてもいい。
彼はレイが住んでいた星・ジャクーのこれまた奥まった方にあるちいさな村の出身だったのですが、幼い頃悪いやつにさらわれストームトルーパーとして生きるよう教育された。 というか、洗脳ですよね、要は。
殺しのスキルを叩きこまれ、たぶん脳みそも弄られたんじゃないでしょうか。 誰に対しても情け容赦なく銃口が向けられるよう教え込まれた。 はずだった。
しかし、よりにもよって最初の任務が彼のふるさとジャクーだったことと、そこで目の当たりにした虐殺の光景に、フィンが受けた洗脳はあっさり解けてしまいます。
ストームトルーパーになりきれなかったフィンが、その後レジスタンスとウィンウィンの関係を築き、目の前の女性(守るべきもの)に手を差し伸べるようになったのは、単なる「偶然」ではなく、彼の中に「略奪された苦しみ」と本来の性格のやさしさがあったから。
「女子ども=守ってやらなければならないもの」という騎士道精神は、もしかしたら誰かにとっては「古臭くて女性蔑視っぽい」と受け取られるものなのかもしれませんが、わたしはフィンのド真面目なトコ、とてもかっこいいと思いましたよ。
同時に、そんな固定概念がレイにサックリ却下される所も面白かったですし。
フィンの中で、「女性だから守る」ではなく「仲間(友達)だから守る」へと意識が変わっていった末に、彼の包容力がレイの心を癒すシーンはめちゃくちゃグっときました。

コメディリリーフとしても大活躍でしたし、ライトセーバーを繰る者としての可能性もやんわり感じさせたりなんかしちゃってるし、フィンがますますがっちりストーリーに絡んでくるであろうエピソード8はよくれ!


■ ポー・ダメロンのコミュ力の高さがさいこう

レジスタンスいちのパイロットだったため、レイア将軍から直々の命を受けてジャクーへ向かったポー・ダメロン。
なんかもう、名前のとっつきやすささいこう!
「ポー」もさることながら「ダメロン」ですよ! 「ダメロン」! 
「ダメおやじ」とか「デメキン」とか「メロリンQ」とか「ケロンパ」とか、いろいろな固有名詞を連想させて日本人の心にすっと馴染むこと請け合い!
あとね、物語早々に敵の手に落ちちゃうんですけど、めちゃくちゃ拷問されても割にケロっと回復して敵に軽口叩いちゃってるし、砂漠に墜ちても割にケロっと起き上がって自分のアジトに戻っちゃってるし、敵の本拠地に突入して仲間がバンバン撃ち落とされても割にケロっと気持ち立て直してピュンピューンってミサイル撃ち込んでウェーイって帰還してるし、なんかもう行く先々ですぐ打ち解けるしすぐ仲良くなるしすぐ盛り上がれるのな! コミュ力半端無いのな!

残念ながら、宇宙一のパイロットと銘打たれてる割に、今回はレイの操縦能力の方が目立っちゃってあんまりダメロンの凄さが伝わらなかったので、ダメロンがダメじゃない方のロンであることが存分に証明されるであろうエピソード8はよくれ!


■ BB-8のあざとさと天然さのギリギリをゆく可愛さがさいこう

『フォースの覚醒』が成功をおさめた(って勝手に断定しちゃいますが)要因のかなり大きなひとつであるのが、今回新たに登場したドロイトBB-8であることは火を見るよりも明らかなのではないでしょうか。
最初にデザインが出た時から、もう「やべえ」って思いましたもんね。
「なにこれやべえ。可愛い。」って。 キャラ設定とか知らないのに。
温かみのある色調にまるっこいビジュアル。 
昔読んだ「アンパンマンが子どもに人気のわけ」という記事で、「顔っぽい」「円形っぽい」「正義の味方っぽい」「暖色っぽい」という理由があげられていましたが、BB-8も完全にこれに当てはまってますよね。 やべえ。 BB-8はアンパンマンだった。 ますますやべえ。

で、いざ本編を観てみたら、これがまた見た目だけじゃないんですよ! 仕草から言葉遣いから全部かわいいんでやんの!
言葉っつっても、もちろん「ピー・・キュイーン・・ピキュキュ?キュイッピー」みたいな喃語ですよ。 
でも、過去のドロイドやウーキー同様、何を伝えているのがきちんとわかるんです。
怒ったり戸惑ったり怯えたり喜んだり、あのまるっこい体をちょこまかと動かせて、全身で喜怒哀楽を表現してくるんですよ! ええい!やめんか! たまらんだろ!
あとね、砂漠の上をコロコロ転がってくるのはわかるんですよ。 下るのも上るのもわかる。 なんとなくわかる。
でも、階段が出た時にはね、さすがにこれは無理だろって思ったんですよ。 誰かが担いであげたんだろうなーって。
そしたら、その後階段を下りるシーンがあるんでやんの。
一段づつ、「コテン・・(おっとっと・・みたいな仕草)・・コテン・・・(あわわ・・みたいな仕草)」って繰り返しながら、器用に下りてくるBB-8。
なにその滑り過ぎない仕様! なんなの! そのボディは鉄のように見えて、実は全身滑り止め加工されてるの?! ドラえもんなの?!今度はドラえもんの要素入れてくるの?! ペタンハンドなの?!!!

大先輩R2-D2とホログラム投射で初めての共同作業に臨む新人ドロイドの姿はどことなく誇らしげにも見え、そんなキャラの立ったほんわかぱっぱなBB-8ちゃんが先輩の顔を立てつつさらにあざとさを爆発させてゆくであろうエピソード8はよくれ!


■ カイロ・レンのワナビーっぷりがさいこう

ポスターや予告編で「わてが今回の暗黒面担当でっせ!」感を全面に押し出していた影の軍団チックな装いの人物こそ、帝国軍の残党であるファースト・オーダーの中心的存在であるカイロ・レンでして、彼は何を隠そう、ハン・ソロとレイアの息子さんなんですよね。
幼い頃から強いフォースを発揮していたため、その他の才能ある子ども達と共にジェダイ最後の騎士・ルーク伯父さんのもとに預けられたものの、伯父さんよりもお祖父さんの方に強くあこがれてしまい、中二病イズムをこじらせた結果、悪い大人(スノーク)に目を付けられ暗黒面へと真っ逆さま。
この経緯・・・誰かに似てる・・・そう・・・他ならぬアナキンじいちゃんやー!!
強い力を手に入れたものは、大いなる責任はもとより、その力をどう使うか、という誘惑と常に向き合わなければならない。
当然、「自分ならもっとでかいことが出来る」と、歪んだ正義心を抱いてしまうこともあるでしょう。 
彼はその途中で、「正論づくめの正義より、ちょい悪の方がかっこよくね?」となってしまったのか。 
多くのスター・ウォーズファンがルークよりも、ちょい悪いなソロやガチ悪なベイダー卿に惹かれたように・・・。

アナキンという名を捨て・ダース・ベイダーになったおじいちゃんにならい、ベンという本名を捨て、カイロ・レンを名乗り。
重傷を負い無残になってしまった体を保護するため改造されたおじいちゃんにならい、健康体だけど黒づくめの衣装をまとい。
呼吸補助装置を付けなくては息をすることもままならなくなったため特製のマスクを被っていたおじいちゃんにならい、普通に喋られるし呼吸も出来るけどフルフェイス型のマスクをかぶる。
先ほど、本作が成功した要因としてBB-8を挙げましたが、カイロ・レンの存在は本作にノレるかどうかの大きな要因であると思うのですよね。
ベイダー卿ワナビーを気取りながら、幼稚さや未熟さや駄々っ子メンタルをあけっぴろげにするカイロ・レン。
同僚から「あんまり使えない」と白い目で見られてるカイロ・レン。
部下からも「絡みづらい上司」と思われているカイロ・レン。
さらってきた捕虜からさえ「モゴモゴ言ってて何喋ってんのかわかんない」とつっこまれるカイロ・レン。
いろんな人から、恐れられるより心配されてるカイロ・レン。

そんな彼を、「うぜえええええ」と思うか「ダメなとこいっぱいで魅力的」と思うか。
そこが、本作に夢中になれるかどうかの分かれ目になるのではないか。 もちろん、それだけではないでしょうが、結構大きいポイントなのではないかと、わたしは思います。
そして、わたしはカイロ・レン、とてもすきです!
彼の不完全なところ、情緒不安定なところ、お祖父ちゃんのいい面ではなく暗い面に惹かれてしまったところ、勝手な思い込みを唯一の正しい道と勘違いして、本当は間違っているってわかっているのに勘違いしていたくて真実から目を背けるところ、どれもすごくわかる!
わかるからこそ、父親を刃で貫くしかなかった彼の選択が哀しいんですよね・・・。
そこまでしなくてはならなかったのか。
お祖父ちゃんがそんなことを望んでいるはずがないのに。

っていうか、おじいちゃん出てきてこの孫になんか言ってやれよ。 出てこられるんだからさ。

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「わしのマネしてもええことないぞ~」って言ってやってよグランパ!草葉の陰から!プリーズ!

父親殺しという、恐るべき大罪を犯し「試練」に勝ったカイロ・レンが、シスの後継者として欠かせないアイテムであるマントを羽織って元師匠のルークと対峙するであろうエピソード8はよくれ!


■ キャプテン・ファズマの雰囲気番長っぷりがさいこう

カイロ・レンの右腕的存在で、ストームトルーパー達をキツめに指揮する鬼の隊長、キャプテン・ファズマ。
ストームトルーパーをメタリックに加工したようなビジュアルと、敵陣営における初めての女性兵士ということで、早くから注目を集めていたファズマさんですが、「どんだけ悪いことしてくれるんだろ・・」と期待に膨らんでいたわたしの胸を、いい意味でも悪い意味でも引き裂いてくれましたよね。
あのね、全然活躍しなかったんですよね。

でもね、いいんですよ! 今回の役回りが完全に雰囲気番長というか出落ち担当みたいな感じで、全然働かないわ暴虐の限りも尽くさないわ、フィンにブラスターで脅される程度で言いなりになっちゃうわ、「覚えてろよ!」って雑魚キャラ以外使わなそうなセリフ吐いちゃってるわと、散々な扱いでしたが、それでもいいんです!
ファズマさん退場時に「ダストシュート」ネタが使われてて、超おいしかったからいいんです!
あと、これだけかっこいいビジュアルのファズマさんが今回コッキリなはずないから!
こんだけかっこいいビジュアルの・・・  ・・こんだけ・・・ ビジュアル・・・・ ・・ビジュアル・・・・

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(一回コッキリの前例あったー!!!)

ファズマさんがゴミ処理室から華麗な復活を遂げ、レジスタンスにえげつない反撃を加えるエピソード8はよくれ!


■ ハックス将軍さいこう

カイロ・レンと共にファースト・オーダーを指揮するハックス将軍、すごいわしのタイプ!
神経質そうなハックス将軍、もろタイプ!
ストームトルーパーたちを前に一席ぶつ時の調子にのってる感じ、めちゃかわいいやん!
なんとオーディションをすっとばして、中の人に大抜擢されたドーナル・グリーソンさんは、ロンのお兄さん(※ハリー・ポッター)を演じていた方なんですね。 『アバウト・タイム』もめちゃくちゃよかったです! わかるわー!そりゃオーディション不要だわー!

レジスタンスの攻撃からきっと無事に逃げ出したであろうハックス将軍の新たなるハッスルが拝めるであろうエピソード8はよくれ!


■ アクバー提督さいこう

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魚っぽい顔の人がまた出てて、嬉し過ぎて咳き込みそうになりました。

アクバー提督がレイアにボロ雑巾のごとくこき使われて別の意味でレジスタンスと化するエピソード8はよくれ!

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(ちなみに懐かしのニエン・ナンさんも出てて、わたしのテンションだだ上がりでした)


■ ハン・ソロがあの頃のハン・ソロと同じハン・ソロとしていっぱい出てきてさいこう

反乱軍に協力して帝国軍をぶっ潰してから約30年。 レイアと幸せな生活を送っていたのかと思いきや、いつの間にか密輸業者に戻っていたハン・ソロが、あの頃のままの適当さを漂わせてシリーズ復帰! もうそれだけでわたしは大満足ですよ! なんだったら、予告のチューイと並んでるシーンだけでも1800円払っていいぐらいの気持ちでしたからね!たとえばの話なので払いませんけどね!

しかし、実はソロがレイアのもとを去ったのには複雑な事情があった。
そう、息子であるベン(カイロ・レン)とのなんやかんやです。
ルークに預けたベンが道を踏み外し、ルークや多くの人を傷つけて悪いツレの所へ出て行ってしまった後、ソロとレイアはいちおうの努力はしたのでしょう。 そりゃそうですよね。 しかし、ベンは戻っては来なかった。 頼みの綱のルークも、豆腐メンタルだったため失踪してしまった。
きっとレイアとソロの仲は微妙な雰囲気になってしまったのでしょう。
お互いを責めあい、自分を責めあい、いつしか一緒に居ても傷つけあうだけになってしまったのではないか。
ソロはレイアと向き合うことからもベンと向き合うころからも逃げ、古巣へ戻った。
レイアはそんなソロを恨んではいなかったと思います。 ただ、猛烈に悲しかったでしょうけどね。
現実から目を背けていたソロが取り戻した、愛するミレニアム・ファルコン号の中にいたのは、カイロ・レンと深いかかわりのあるレイとフィン。
ふたたび運命の歯車が噛みあい、ソロを乗せたファルコン号が避けてきた「家族」のもとへとハイパードライブで突っ込んでいった時、ソロが息子のためにその身を犠牲にするのは避けられないことだったのかもしれない。

今まで放っておいて突然親父ぶるな、と息子は思ったのでしょうか。
「肉親」をいう「しがらみ」を断ち切ることでしか、真の強さは手に入れられないと思ったのでしょうか。
ソロの死は、これからの物語上仕方のない悲劇だったのでしょう。
だけれども、本当に、本当につらかったです。
ソロ退場後、操縦席にチューイだけを乗せたファルコン号が出てきた時、どうしようもなくつらかった。

ベンを受け止めようと、ソロが両腕を開いた瞬間、「あ、ここでライトセーバーのスイッチ入れるんだろうな」と思いましたよ。 ほんで「グサー」ってなるんだろうな、って。 わかってたけど泣きましたよね。
「ああ、ここで30数年前から続いてきたスターウォーズは終わったんだ」、と思いました。
ブリッジからはらりと落ち、米粒みたいに小さくなってゆくソロを観ながら、「ここからが新しい神話の始まりなんだ」と。

思えば本作は、本作の約半分近くは、ソロの壮大なフラグだったような気がします。
みんなに愛されたキャラクターだから、ここで退場させなければならない。 
みんなに愛されたキャラクターだから、じっくり時間をかけてお別れさせてあげたい。

まぁ、でも今までのスター・ウォーズで行けば、森の木陰でドンジャラホイな展開もアリっちゃあアリですけどね!
フォースを持っているとか持っていないとか関係なく勢いだけでソロの霊体が木の陰からチラ見するエピソード8はよくれ!


■ レイアがめっちゃレイアでさいこう

姫なんてなまっちょろいことやってらんねえぞ! とばかりにレジスタンスのリーダーとなったレイアがいかにもレイアらしくて超レイア。
「髪切った?」とタモさんばりのボケをかますソロに「まったくしょうのない人ね・・・」と菩薩のような眼差しを向けるレイア。
アイラインくっきりめのレイア。
服装のチョイスも含め、佇まいが小学校の校長先生みたいなレイア。
ソロがあの頃のままのソロな一方、レイアは月日を重ねて沢山の責任を背負ってきた今のレイアになっていて、なんつうか、「みんなきちんと描いてあるなぁ」と思いました。

ルークはもちろん、息子であるベンとの関係がどうなってゆくのか、ソロの死をベンだけに転嫁することなく正面から受け入れることができるのか、いちおう持っていることになっているレイアのフォースが「第六感」程度の現段階以上に覚醒する日はやってくるのか、そのあたりがハッキリしそうなエピソード8はよくれ!


■ ルークがさいこう

まだじゃっかんマーク・ハミルさんのずんぐりむっくり感が抜け切れていなくても、
「弟子に裏切られる等々なんぼショックな出来事があったからつって行方をくらませるとか、おまえは惑星ダゴバで引きこもっていたちっちゃいおじいちゃんか!」ってつっこみたくなっても、
「失踪するけど自分の居場所がわかるようなヒントだけはあっちこっちに残しておくとか、おまえは元ジェダイ・マスターのヨーダか!」ってほっこりした気持ちになっても、
待ちに待った挙句、ホントに最後の1分程度しか出演してなくても、
一言もセリフなくても、
それでも
スクリーンにルークがルークとして戻ってきてくれただけでぼかぁもう充分幸せなんですよ! おかえり、ルーク!!



スター・ウォーズを愛してきたみんなが観たかったものを魅せ、スター・ウォーズを知らないみんなが思わず前のめりになるようなシンプルかつダイナミックな物語を紡ぎ、愛おしいドロイド、頼もしい主人公、待ちに待ったジェダイの騎士、眩暈がするほどかっこいい空中戦、美しいライトセーバー・ファイトを絶妙のバランスで詰め込んでくれたJ・J・エイブラムス監督には感謝しかないです。
過去の楽しかった思い出、言い方を変えれば「遺産」ともいえるウケ要素を惜しみなく使った今回のエピソード7を終え、2年後にはカイロ・レンとハックス将軍とレイとフィン(とポー?)と、あと、えっと、たぶんファズマさんといった若いみなさんを軸にしたエピソード8が待っているわけですが、次回もきっとみんなが納得出来るスター・ウォーズになるはず! J・Jを中心に、みんなまとまっていこう!(どこからの目線なんだよ)

流れで行くと、ヨーダのもとに向かったルークがそうであったように、レイがジェダイの騎士から教えを乞う「修行篇」が観られそうなのですが、なにぶん相手はいじけ虫のルークですので、逆にレイがルークをどつきまわして喝を入れる・・なんつう展開もアリなのかなぁ!って思ってます。
なんだったら、レイの方がフォース強いかもしれないし。
だって、運転したこともないファルコン号を、フォースの導きだけであれだけ乗りこなすんですよ? まだ未覚醒状態だったのに。
潜在能力どんだけやねんって話じゃないですか。

ってことで、引きこもりルークがあの謎の棒でバシバシしばかれるエピソード8はよくれ!


■ 最高指揮者スノークさいこう

「おまえはパルパティーンの生き別れの弟か!」っていうぐらい頭がニコちゃん大王なスノークさいこう。
悪いやつはみんな頭が割れるんです。そうなんです。
自分で最高指導者って名乗ってるトコもさいこう。 あと、ホログラムで必要以上にでっかく見せてるっぽいトコもさいこう。 自己顕示欲の権化さいこう。
あと、なによりさいこうなのは中の人がまたもやアンディ・サーキスさんってトコ!

もう、とにかくもうなんでもいいから、はよエピソード8くれ!!!


■ おまけ

スピンオフ小説の影響か、「ソロとレイアには双子の子どもがいる」という勝手な思い込みがちょいちょい本編の邪魔をしてしまったわたし。
カイロ・レンがまた、「女?どんな女だ?!」って声を荒げるもんだから、余計に「えっ・・レンはもう・・知ってるの・・・?」って思っちゃったり。
雪山でレイと対決した時なんか、旗色が悪くなったレンがいつ「アイム・ユア・ブラザー」って言い出すかとヒヤヒヤしてしまったではないか。 ええい・・忌々しいスピンオフ作品め・・・!(※ビリビリ)(※指先に充電中)

・・

ん・・・?

スピンオフ・・・

・・スピン・・オフ・・・?

ドニーさんが出演する、エピソード3とエピソード4の間を描いたSWスピンオフ作品『ローグ・ワン』はよくれ!!

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(※ ローグ・ワン)

ドニーさん
(※ ブレイド2)

『ブレイド2』のスノーマンみたいなことにはならないって、わたし、信じてる・・・!(そこはかとなく似ているスチールから漂う不安から目を逸らしつつ)



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『チャッピー』

2015年06月04日
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(※ 以下ネタバレしています)



あらすじ・・・
人間に作られた人工知能が新しい「人間」を作ります。


大好きな映画 『第9地区』 とややウケ映画 『エリジウム』 のニール・ブロムカンプ監督最新作 『チャッピー』 を観てきましたよ。 わー!これすっごいわしの好きなやつやんけー! オロローンオロローン!

若き天才エンジニアによって生み出された「完璧」な人工知能。
どう完璧なのかというと、色んな面で完全に人間レベルなのだそうです。 
よくわかりませんが倫理観とか想像力とかそういうアレも含めて、ということなのでしょうか。 
で、そんな人工知能をインストールされた「子ども」が本作の主人公チャッピー。 
赤ちゃんからスタートするとはいえ、起動直後からがっつり動いたりするので、その姿はどちらかというと野生動物のよう。

湿気と埃にまみれた廃墟で誕生したチャッピーに、「ほら、こわくない・・こわくない・・・」とひとりの女性が優しく手を差し伸べます。 
女性の隣にいた若い男性も「そうだよ、だいじょうぶだよ」と微笑みました。
少し遠巻きに眺めていた男性は、銃を構えたままですが、しかし面白そうな表情を浮かべています。 
「銃を構えたまま」・・  銃を・・構えたまま・・・? 
そう、チャッピーが生まれたのは、世界で最も治安が悪いと言われる南アフリカはヨハネスブルグのスラム街一番地だったのです。

ということで、「人工知能がー」とか「SFアクションがー」とか色々な見どころのある本作ですが、実は物語の柱となっているのはズバリ「子育て」なんですよね。 グイグイくるわー! ぼくの心のやわらかい場所にグイグイくるわー!
子どもは生まれた時点ではみな天使であり、ただ、関わる人々や取り巻く環境によって、善良にもなるし悪人にもなるのだ、と。 
別に目新しくもなんともないお話ですが、その「子ども」がなんとも愛くるしいロボットなものですからもうかなわんですよ! 許されるならばうちに連れて帰りたい!今すぐに!

運悪くギャングのカップルの元に生まれてしまったチャッピー。
しかし、暴力とドラッグにまみれた極悪ロボットに育ってゆくのかというと、そうではありませんでした。
もしもチャッピーが生まれたのがもっと凶悪な環境、たとえばギャングの大元締めのアジトだったりしたら、きっとチャッピーは容赦なく人を殺すだけの道具として「しつけ」られていたでしょう。
確かに、チャッピーの「父」と「母」もギャングでした。
けれど、彼らはただの犯罪マシーンではない、愛を知っている「人間」だったのです。

パパ
スパルタ式の子育てにチャレンジする父的な人。 (ケチな強盗とヤクのしのぎで日銭を稼ぐチンピラ)

ママ_convert_20150527154233
見た目はエキセントリックだけど中身は情に厚い母的な人。 (パートナーのためなら犯罪行為も恐れない勇猛果敢なチンピラ)

おじさん_convert_20150527154249
お調子者の親戚のおじさん的な人。 (いつかアメリカに帰ることを夢見ているチンピラ)

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チャッピーの可能性を信じ足繁く家庭訪問してくれる先生的な人。 (めちゃくちゃIQが高そうな開発担当者)

チャッピーに関わる彼らの教育方針は全く一致しません。
「暴力はいけない」と教えられたかと思えば、「いけない暴力とやむを得ない暴力がある」と正される。
「自由に生きればいい」と言われたかと思えば、「下品な言葉を使うな、芸術を嗜め」と生活をコントロールされる。
チャッピーはそのたび、目の前の「大人」の言いつけを理解しようと一生懸命頭を働かせます。
可哀想でたまらなかったのですが、もしかしたらこれもまた、成長には欠かせない「理不尽さ」なのかもしれないなぁと思いました。
だって、絶対的に正しい「大人」なんてこの世にいないのだから。 
たくさんの価値観に触れ、いいことと悪いことの両方を知って初めて、「自分の選択」に意味が生まれるのかもしれない。  まぁ、とは言っても振り回される方は迷惑極まりないですけども。

っていうかこのね、「すぐ染まるチャッピー」の健気で愛くるしいこと!
そうなんですよね・・・ 子どもって、いつだって一生懸命大人を信じようとしてくれるんです。 それはもう、申し訳ないほどに。
だからこそ、可能な限り正面から向き合ってあげたいんだよなぁ。
母的な役割を担うヨーランディさんがそうであったように。

自分が歩んできたギャングとしての人生を否定するつもりはないけれど、そのままチャッピーに踏襲させたくもない。
揺れる心に答えは出せないものの、チャッピーの戸惑いや哀しみや喜びにはまっすぐに向き合うヨーランディさんが本当にステキすぎる・・・!
傍から見たら、「子ども」を犯罪に巻き込むひどい親でしかないかもしれないけれど、ヨーランディさんとチャッピーの間にはたしかな信頼があって、そしてそれは、とても尊いものなんじゃないかと思うのですよね。

「ママ」や「パパ」とは違う外見であることから、幼ないながらもハッキリとした疎外感を抱いているチャッピーに、「見た目ではなく、大事なのは中身なのよ」とやさしく諭すシーンは、もうロボットがどうとか人間がどうとか肌の色がどうとか性別がどうとか、そういうこと全てどうでもよくなって、ひたすら涙がボロボロこぼれてしまいました。
直球ですよ。 ありふれた言葉ですよ。 でも、本当にうれしい気持ちになったのです。
それがただの言葉ではなく、ヨーランディさんの「愛する我が子(チャッピー)を安心させたい」というやさしい想いの結晶だったから。

ヨーランディさんほどの繊細さがない、父的ポジションのニンジャさんもまた、チャッピーの純粋さや生への懸命さに影響を受け、というか、もとから彼に備わっていたまっすぐさを刺激されたのかもしれませんが、チャッピーとヨーランディさんという「家族」の命を守るため自分の命を差し出そうとしますし、チャッピーの生みの親で、もともとは研究材料としかチャッピーを見ていなかったディオンも、自分とチャッピーの一方しか助からないと知ると迷わずチャッピーに命を譲ろうとします。 親戚のおじさんポジションのアメリカさんは・・えっと・・・なんつうかその・・ アレだ・・・がんばったよね!

愛を知りながら育ったチャッピーが、その潜在能力を最大限に活かし、大切な人たちの命を復元しようとするラスト。
機械の身体に植えつけられ育った人工知能が、人間の身体に宿る知能・記憶・感情などなどの総合体(意識)を機械の身体に転送させるという展開は、正直「そこまで行っちゃうか・・?!」という気持ちが湧かなくもなかったのですが、「見た目ではなく中身」というヨーランディさんの言葉を究極的に実らせちゃったんだなぁと、チャッピーのすこやかな成長に目を細めたくならなくもないので、わたしはアリだと思います。
あと、「意識(魂)は永遠に不滅です・・!」というキリスト教っぽい救済が、よりにもよってガチのキリスト教徒であるライバル科学者ではなく、その彼から異端者として敵視されていたチャッピー側に与えられた、というのも皮肉が効いていておもしろかったですし。

そう、そのライバル科学者を演じていたヒュー・ジャックマンさんもね! 
すさまじいガンギマリ演技がさいこうでしたよね!
改めて、引き出しの多い役者さんなんだなぁ、と思いました!
あと、腕太ぇー!! やーいやーい!ヒューさんの二の腕丸太ん棒!

ゲスト出演のリプリー(シガニー・ウィーヴァー)さんは空気でしたが、チャッピーを粉砕しにやってくる巨大ロボ・ムースちゃんのドデっとしたフォルムがかわゆすぎましたし、ディオンの身の回りをお手伝いするおさんどんロボット・デクスターちゃんも超キュートでしたので、もうわたしは充分満足です。 もちろん、チャッピーちゃんは言うまでもありません。

お金が欲しいギャング、お金を払わなければならないギャング、自分のロボットをもっと賢くしたい科学者、自分のロボットをもっと人気者にしたい科学者の4者が、まったく人の話を聞かず自分の独断だけで突っ走ることによって生まれるドタバタ劇。
シリアスになりすぎず、複雑な専門用語も飛び交わず、「好き!」とか「生きたい!」とか「褒められてうれしい!」とか「殴られて悲しい!」とか「大好きな人が撃たれた!」とか「ゆるさんぞー!」などなど、つべこべ言わされずひたすらシンプルな感情を掻き立てられる、とてもおもしろい作品だったと思います。

書き忘れていましたが、顔出しナシで「見た目は子供、頭脳は大人」なチャッピーを完璧に演じきったシャールト・コプリーさんもすばらしかったですよ!
演じる際、監督から参考として「8歳の天才チェスプレイヤーは、数学的なチェス理論では人生経験を積んだ50歳の大人を打ち負かせるけれど、感情面の成熟度ではその足元にも及ばない」ということを伝えられていたそうですが、まさにこの超いい喩えそのもののような、知的なひらめきと感情の幼さの絶妙なアンバランスさが表現されていて、演技の達者な人は姿を隠されていてもその実力が損なわれることはないのだなぁ、と感心しました。
将来シャールトさんが、「中の人」界の頂点 アンディ・サーキスさんの地位を脅かす事になるのか・・・要チェックやで!





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『インターステラー』

2014年12月03日
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あらすじ・・・
古いパラダイムをシフトしたお父さんが次元上昇します。


以下ネタバレも辞さない覚悟の感想が続きますので、ぜひご鑑賞ののちにご覧ください。




というわけで、クリストファー・ノーラン監督最新作『インターステラー』を観てきたのですが、世界の危機・・いやさ我が子の将来を救うため、勇気を振り絞って宇宙へ飛び出した父ちゃんのハートウォーミングな感動物語のはずが、その脇を固めるみなさんの規格外ともいえる言動が強く印象に残ってしまい、鑑賞しているあいだじゅう、心がざわわ・・ざわわ・・・とサトウキビ畑かはたまたトウモロコシ畑かのごとくうねりをあげていましたので、取るものも取り敢えずではありますが、まずはその鬼畜っぷりの一部をご紹介させていただきたいと思います。

【震えて眠れ・・・!宇宙を超えた鬼畜伝説!】

■「アポロ計画? ・・あれは嘘だ!」 国民総農民化のため歴史を改ざんする学校教師!

『インターステラー』の舞台となっている世界では、環境は破壊され、国政は破たんし、軍隊も解体。農作物は枯れ、誰もがみな未来の生活に不安を抱える日々を送っていました。
その災難がいつごろから始まったものなのか、食料もさることながらエネルギー問題なんかはどうなっているのか、なんてことは特に描かれない中、地球に生き残った人々は「食糧確保」を最優先事項に決定。
ひとりでも多くの農夫を。
なにはともあれ収穫可能な作物を。
そんな方針のため犠牲となったものの中には、どうやら科学の進歩も含まれていたようで、過去に偉業として伝えられていた「アポロ11号の月面着陸」は「捏造デマ」として教科書に記載されるという、大槻教授にフルボッコにされそうな事実が観客に明かされます。
食うか飢えるかという瀬戸際ですし、将来を担う子供たちが「宇宙に活路を」みたいな夢物語に夢中になっちゃっても困るんだよってコトなのかもしれませんが、そこ別にいじらなくてもよくね?
あと、アポロ計画をそんな風に改ざんした教科書の他の項がどうなっているのか、ちょっと興味が湧かないでもないですよね。
で、それはともかく、主人公の娘で頭脳明晰な科学っ子マーフちゃんは、そんなデタラメな教職員にダメ出しをするのですが、全く聞き入れられず、先生はおろか同級生たちからも非難の的となっているという、とっても気の毒な状態に。
まあね、ながなが書きましたが、要するに教師がクズい! それ(科学)はそれ、これ(農業)はこれ!


■ 「渡りに船とはこのことか!」 偶然再会した農夫に宇宙船を託すマッドな教授!

頭が良すぎるゆえに学校で浮きまくる娘と、そんな娘の遺伝子のもととなったこれまた優秀な父親・クーパー。
ある日娘から、自室の本棚から不思議と作為的な方法で数冊の本が落ちていることを知らされたクーパーは、最初こそ「幽霊の仕業だ」と取りつく島もない態度だったのですが、本だけではなく床に溜まった砂埃までもが規則的な配列をしているのを目の当たりにし、そこに込められたメッセージを読み解く方向へさっそうとシフト。
結果、それらはとある場所の座標を示しており、クーパーとマーフは家族を残して目的地へと車を走らせます。
辿り着いた場所にいたのは、数年前に解散させられたはずのNASA職員。
そして、何を隠そうクーパーもまた、数年前に奇怪な事故を起こし退職するまでは、NASAのパイロット兼エンジニアでありまして。
久しぶりに再会した恩師・ブランド教授から、実は人類の危機を前にNASAがこっそり復活していたこと、そして、みんなには内緒だけど10年ほど前から地球以外の惑星への移住計画・通称ラザロを進めてきていたんだよね、ということを知らされたクーパー。
人類の鼻の前にぶら下げられた「僅かな可能性」という名のニンジンに驚きと興奮を隠せない彼に、ブランド教授は重大な提案を始めます。
「どうだ、いっちょその宇宙船を操縦してはくれまいか」
すっげえ久しぶりに会ったOBに。
操縦なんか当分していない現・民間人に。
男でひとつで家計を支える父ちゃんに。
少ない国家予算をザブザブつぎ込んだ重大なミッションの肝の部分を!再会後たったの数時間で!
・・奥さん!このブランド教授はとんだ博打うちでっせ!!

■ 「水さえあればそれでいい・・・!?」 ハビタブルゾーンに潜む伏兵!

いきあたりばったりなブランド教授の口車にうっかり乗っかってしまったクーパーは、教授の娘・アメリアを含む3人の専門家と共に宇宙船・エンデュランス号に乗り込み、先発隊が発見したという惑星へと向かいます。
まずは2年間をかけ土星付近まで行き、そこで何者かが用意しておいてくれたワームホールに入って、一気に別惑星までワープする一行。
「生命居住可能領域」からの連絡は3件。
しかし、限られた燃料と地球に帰りたくてしょうがないクーパーの心情を加味すれば、現地に赴けるのはせいぜい2件。
話し合いを重ねた一行が選んだ星は、生物学者・ミラーが待つ水の惑星でした。
だって、まぁ、ほら、水って重要じゃん。 とりあえず水があれば生きていけるし、水があるってことは生命体も存在しているかもしれないってじっちゃん言ってた!火星で言ってた!
そして、そんな調査隊の期待を間髪入れず一瞬で打ち砕いた巨大な波! そう、この惑星の水は「ある」というレベルをはるかに超えていたのだ・・・! っていうかむしろ水しかない星だったのだ!
おい! ミラー! 報告書送ってくるんなら、もうちょっとわかりやすいヒント書いとけよ!

■ 「死なばもろとも!」 農家に生まれ農家に育ち農家で死ぬことを選んだ非業の兄!

クーパーたちが移住可能な惑星を探してえんやこらしている間、地球では様々な事柄が起こっていました。
特殊な重力を持つ水の惑星でのわずか数時間も、地球時間に直すと23年間という長期間になってしまうため、旅立ちの時15歳だったクーパーの息子・トムは家庭を持つ大人の男性になっており、父の出発に最後まで反発していたマーフもまた、当時のクーパーと同じ歳にまで成長。
家を出て、ブランド教授に弟子入りした天才児マーフとは対照的に、「家を守ってくれ」という父の願いをひたすらに守ってきたトムは、先祖代々受け継いできたトウモロコシ畑が年々枯れ細っていっても、長年の砂塵被害で女房子供が肺病を患っても、その土地から逃げ出すことを選ばず、かたくなにそこに住み続けます。
たとえ農家仲間が耕作を諦めても、たとえ人々が沈没船から逃げ出すネズミのように町を捨てても、たとえNASAにコネを持つ妹がいい医者と病院を紹介してくれると申し出ても・・・
なぜなら・・ 
それが父や祖父との約束だから・・・!
・・
・・・病院ぐらい行かせてやれよ! へるもんじゃなし!


■ 「あたいを怒らせるとヤケドするよ!」 理系の娘がとった理性に欠ける焼き討ち大作戦!

いくら説得してもちっとも言うことを聞いてくれない兄に腹を立てた妹・マーフは、兄嫁と甥っ子を強引に入院させるためとある陽動作戦を決行します。
その作戦とは、食糧難のこの時代に、兄が大切に育ててきたトウモロコシ畑に、そうでなくても疫病にやられ始めて風前の灯火状態の貴重な畑に、ガソリンを撒いて一気に焼き払うという作戦でした!
あかん・・・ マーフのマは「マジモンのアホ」のマやで!

■ 「君はまだ、試されていない・・・!」 氷の惑星(ほし)の眠れる王子、堂々参上!

一方その頃、父・クーパーはというと、マン博士から信号が送られてきていた氷の惑星に到着。
また無駄足かもしれない・・・ そんな一行の不安は嬉しくも裏切られ、氷に埋まった宇宙船の中にはコールドスリープ状態でみなの到着を待ち続けていたマン博士が元気まんまんで待ち受けていました。マンだけに。マンマン。
博士曰く、「この惑星の環境は決して人に優しくはないものの、居住自体は工夫次第で充分可能」とのことで、クーパーたちは一気にテンションアップ。
しかし彼らはまだ、知らなかったのです。
同行した仲間に先立たれ、人工知能を搭載したロボットも壊れてしまい、気の遠くなるような孤独と闘ってきた博士が信号を送ってきた本当の訳を・・・。
ただ単に「ひとりはもうイヤだから迎えに来てもらいたかった」だけだった、というさびしんぼうな一面を・・・。
まぁ、それはそれとして宇宙船を奪うためにクーパーを殺そうとするとか全く意味わからんけどな! みんなで帰ればいいじゃん! 船、大きいんだし!

■ 「ラザロ計画にはプランAとプランBがあると言ったな・・・ あれも嘘だ!」 可愛い顔して割とやるマッドな教授が仕掛けた最後の罠!

船を奪うという目的の為、救出に来たクーパーたちに「この星いがいと住めそうだよ!」と嘘をつき、油断させたのち殺害を試み、「父親は死ぬ前に娘の顔を見るという・・・ どうだ?君は見えたかい?」などと訳のわからない自己陶酔プレイを披露したロケットどろぼう・マン博士を返り討ちにしたクーパーとアメリア。
危機一髪でエンデュランス号に帰還したものの、その表情は晴れませんでした。
それもそもはず、地球から送られてきたマーフからのメッセージが、彼らの心を深く傷つけていたからです。
なんと、アメリアの父であるブランド教授が老衰で死亡。
しかも今際のきわに、ラザロ計画の真実を告白したというではありませんか。
クーパーを勧誘する際、教授はこう説明していました。 
「ラザロ計画には、人類の移住先を探すプランAと、今いる人類は捨てて受精卵を持ち込み繁殖させる入植先を探すプランBがある」
もちろん、我が子を救いたいクーパーにはプランA以外の選択肢はない。 だからこそ、そこに望みをかけて旅立ったのです。
しかし、教授から語られたのは、「人類が別の惑星に移動することなど不可能だとわかっていた」という事実。
つまり、最初から探査団はプランBしか選べなかった。 クーパーが子どもの元に帰るというシナリオなど無かったというのです。
マーフやトムの未来のために宇宙へ行ってくれ、という教授の言葉は偽りだった。 子どもを救いたいという親心に、まんまと付け込まれただけだった。 怒りと哀しみと絶望にくじけそうになるクーパーとアメリア。
わかるよ!わからんでもないよ! そりゃ親だからさぁ、「あなたの子どもを助けると思って」って言われたら「しょうがねえ、やるか!」ってなりますし、逆に「あなたの子どもは助からないけど、地球人という種族を助けると思ってここはひとつ死んでください」なんて言われたら音の速さで「やなこったパンナコッタ」って言いますよ! わかるけどさぁ! ブランド教授、ずっちーなぁ!
というか、子を持つ親だからこそグっとくる口説く文句でしたけども、これNASAに侵入したのが独身男性とかだったらどうしていたのでしょうかねぇ。
パイロットが来なかったら素人に操縦させるつもりだったの? ねえねえ、何考えてたの?教授?
場当たり的犯行って言われても仕方ねえぞこれ!


【時間軸は永久の今で、コードは「愛」だ!】

もう戻ることは叶わない。
残る惑星はあとひとつ。
そして、目の前には巨大なブラックホール「ガルガンチュア」。
帰還を諦めたクーパーがとった驚きの行動とは、残りの燃料や物資のすべてをアメリアに託し、彼女の恋人が信号を残したまま絶賛消息不明中である最後の惑星へと向かわせることでした。
動力を失ったクーパーは、人工知能搭載ロボット・TARSとともにブラックホールの中へ。
長く暗いトンネルを抜けると、そこは5次元の世界でした・・・。


わたしには2人の娘がいます。 
それぞれ小学生と中学生の彼女たちは、10年、20年先に待ち受けているはずの輝ける未来を夢見、弾んだ声でこう語ります。
「大きくなったらいろんな所に旅行したい」 「パティシエになりたい」 「プリキュアの声優になりたい」 「楽しいこと沢山したい」 「それから」 「それから」
「ねぇ、おかあさん?」 と、無垢な眼差しを向けられるたび、わたしの心にはぐちゃぐちゃと混ざり合った感情が込み上げてしまう。
なぜなら、正直に言って、10年、20年先の未来がどうなっているか、まったく見当もつかないから。
もっと正直に言うと、「明るい未来が待っている」と言い切る自信なんて全くないから。

出口の見えない景気低迷。 歯止めのかからない少子高齢化。 ますます広がるばかりの貧富差。 取り尽くしそうな資源、自己保身ばかりの政治家。 余裕ない人びとから弱者に向けられる憎悪。 外国からの挑発。
日本以外の国だって楽園ではありません。
環境破壊、内戦、干渉、正義の名の元の侵攻、財政破たん、移民問題、醜悪な差別意識。
どこを向いても暗いニュースばかりで、しかも改善の兆しすら見えてこない。
今とつぜん始まったことではない。
だからこそ、わたしの心はひどくかき乱されるのです。
「どうしてこの時代に、こんな時代に、わたしは子どもを送り出してしまったのだろう」と。

いまさら何を、とも思いますし、悲観していてもしょうがない。 
幸せな一日を積み重ねることだけに集中していくしかない。 
人生なんてそういうものだ。
でも、やはりふと、激しく自問してしまうのですよね。
「一生そばで守れるわけでもないのに、いつか彼女自身が厳しすぎる社会で生きて行かなければならなくなるのに、こんなに重い荷物を背負わせてしまってよかったのか」 と。


本作に登場する地球は、そんなわたしの不安を具現化したような凄まじい世界でした。
産んで育ててはみたけれど、子どもたちには学ぶ喜びも、人生をすきなように生きてゆく楽しさも、未知なる世界を発見する余力もない。
ひたすら「死なない」ために生きてゆくだけの、閉ざされた世界。
もしかしたら、架空の世界などではなく、ちょっとだけ未来の世界なのかもしれない、と思わせるリアリティ溢れる描写に、「ああ、やっぱり・・」と打ちのめされました。
「あなたはわたしたちを見捨てた! 残されたわたしたちは、ただ飢えて窒息して死んでゆくしかないのに!」というマーフの叫びが、まるでわたし自身に向けられているような気がして、自責の念にひどく苛まれたのです。 

灯なきブラックホールを漂うクーパーと、広い映画館のシートに沈み込んでゆくわたしは、同じような気持ちだったかもしれません。
守り切れなかった子どもに対する思いと、この先どうして守ってゆけばいいのかわからないという思いに、胸を引き裂かれていたのかもしれません。
どうないせえっちゅうねん・・・
めちゃくちゃ陰気やないか・・・
そんな重々しい感情に満たされていた我々。
しかし、ノーラン監督が長く暗いトンネルを抜けた先に用意してくれていたのは、思いもよらない「奇跡」でした。

その「奇跡」は、子どもの可能性を信じ続けた親が起こしたもの。
その「奇跡」は、人生を決してあきらめず、親の愛に応えようとした子どもが起こしたもの。
あまりにも甘すぎる「奇跡」でしたが、わたしにとっては「希望」のひかりでした。
たしかに、この世界は大人たちにとって悲惨すぎるし、子どもたちにとっても過酷すぎます。
しかし、わたしたちが今、子どもたちに残してゆくものによって、その未来は大きく変わるかもしれない。
それは決して特別ではない、たわいもない、ありきたりなもの。
たとえば、「愛」のような。

甘いですよね。 無責任と言っていいぐらい甘い。 
でもその甘い記憶が、いつか子どもたちの糧になり、彼らの救いになってくれるという可能性を、わたしは信じたいのですよね。
それが、こんな世界に生まれたノーラン監督が示した「希望」ではないかと思いますし、また、こんな世界で子どもを見守るわたしの「願い」でもあるのです。

あ、もちろん、「愛」だけじゃなくもっとこう、いろいろな知恵も渡しておきたいですけどね! なんつうかその、えーっと、ほら、生活に役立つ・・・伊東家の食卓的な・・・ゆで卵とか・・

ということで、わたしは非常に満足しました。
『インターステラー』さいこう! 
親だけじゃなく、世界中の大人から子どもたちに伝えられること、きっとあると思うから! 悪いようにはしないから、みんなで観に行こう!




― おまけ ―

・ おかーさーん! まんまとノーランに煙に巻かれたよー!

・ 「5次元の中に3次元・・・」とか「重力の異次元移動・・・」とか「事象の地平線・・」とか「一般相対性理論・・」とかコレすっげえわかったようでわからんやつー! 字幕追ってるだけで頭に残らんやつー!! 随所に織り交ぜられてるうちになんとなく腑に落ちた気分になるやつー!

・ 「相対性理論」ってアレでしょ?アインシュタインのやつでしょ?光より早く移動したら時間の進み方も遅くなるってやつでしょ?それを突き詰めたらタイムマシンのもとになるってやつでしょ?ちがうの?ざっくり言うとそんな感じなんでしょ?ね?ね?

・ あと、「ワームホール」もいろいろなSF映画でさんざっぱらお目にかかってきたんですけど、さすがに紙の両端に点書いてそこを折り重ねて鉛筆でブシッて穴開ける描写見飽きたよ! これもうちょっと他にいい例えないんですかね? そもそも、点と点を重ね合わせるっていうスタート地点からして不思議でしょうがないのですが、宇宙って紙なの?レポート用紙状なの? 点と点ならワームホールで、手と手のしわを合わせたら幸せになるの? 南ー無ー!!

・ まあね、最終的には「相対性理論はこの際置いとこう」ってなりますし、話半分でもいいと思うんですけどね! ノーランのそういうとこ、オレきらいじゃないよ!

・ 理論はさておき、その「ブラックホール」や「ワームホール」の映像がホントにすばらしくて、ぽかーんと口をあけて見とれてしまいましたよ。 いや、宇宙のシーンは全編ゾッとするほど美しくてすてきだ!

・ あと、高度な知能を持ったTARSさん、CASEさん、KIPPさんのロボット三等兵トリオのなんとかわゆいことか! 意表を突いたトランスフォームっぷりもたまらんすわ! くれ!オレにも一台くれ!

・ 意表を突いたといえば、マン博士のキャスティングにも大いに驚かされましたよね! しかも超ワルい! イメージを逆手に取ったいい配役だなぁ!

・ 結局、5次元の世界というのは重力の束縛から解放された空間で、すなわち時間を超越することも可能だってことなのですよね。 で、
「5次元にいるクーパーが過去の3次元にいるマーフに、自分が宇宙に行くことを止めさせるようメッセージを送る」
→「過去のマーフはきちんとメッセージを受け取るんだけど、肝心の自分が聞く耳を持たない」
→「しょうがないから、今度は現在3次元にいるマーフに、5次元の作り方のヒントを授ける」
→「マーフがそれをもとに新次元の謎を解き明かす」
→「新次元完成!」
→「宇宙での長距離移動が楽ちんになる」
→「土星のそばに移住用のスペースコロニーを作る」
→「地球上での数十年はブラックホールでは数分なので、全て解決したのとほぼ同時期に宇宙をさまようクーパーが発見される」(いまココ)
という流れで、要するに
「クーパーを受け止めた5次元は、クーパーのヒントからマーフが作ったもの」
ってことになっちゃうと思うんですけど、それだと、過去のクーパーとマーフにメッセージを送った時点で既に5次元があって、どこから始まったの?っていう「卵が先か鶏が先か」みたいな話になっちゃいませんかね? それとも、そういうタイムパラドックス的なアレは全部
「5次元は時間も空間も超越するから、どこが最初とか気にしなくていい」
ってことでいいんでしょうかねぇ。 なんかメビウスの輪みたいですね。

・ 宇宙って不思議だなぁ!(←ひどいまとめ)

・ 子を救うためにブラックホールに入った父と、父を助けるためにブラックホールを解き明かした娘。 お互いの寿命が尽きる前にようやく再会を果たすことができた親子の姿は、その役割が逆転したかのように、一方は老い、また一方は若々しさに満ちていました。 そして父の年齢を大きく越した娘は、我が子のような父を、また新しい世界へと送り出します。 クーパーの子離れであり、マーフの親離れの瞬間です。 なんか、すごくグっときました。 父も子も、強いなぁ、と思いました。  

・ 遥か宇宙の果て、クーパーたちの成功を知らずひとりきりで人類の繁殖(プランB)に打ち込んでいたアメリアの元に、クーパーの船が辿り着くのはいつなのでしょうか。 そもそも、そこまで(もともと他の生物がいたかもしれない別の惑星に入植してまで)して、「人類」という種を残さなければならないのか?という疑問は消えないものの、早いとこアメリアさんこと「おれたちのアン・ハサウェイさま」の孤独と努力が報われる日がくるといいなぁ・・と願わずにはいられなかったのでした。 ていうか、アンさまに侵略されるんなら、オレそれでもいいよ!

・ 余談ですが、先進医療も薬の開発も途絶えてしまっている『インターステラー』を観ている間、「ああ、この世界にいるのは健康な子どもたちだけなんだな」と、「先天性の疾患と闘っていた子どもや、障害を持った子どもたちは、早い段階で亡くなってしまっているんだろうな」という、猛烈な悲しみに襲われてしまったわたしですよ。 環境が厳しくなった時、一番最初に打撃を受けるのって、弱いものなんですよね。 それだけはなんとしても避けたいけれど、もしもそうなったとき、一体どうしたらいいんだろう・・・。  不安は尽きません。

・ 余談の余談ですが、ももくろちゃんことももいろクローバーZの「Neo STARGATE」がビックリするほど『インターステラー』しているので、よろしかったら一度ご視聴ください。 コードは「愛」だ!






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