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『MEN 同じ顔の男たち』

2023年01月02日
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あらすじ・・・
ひとりの女性が田舎でリフレッシュします。

(※ ネタバレしています)

「この映画については観客がそれぞれの体験をこの映画に投影して、それぞれに解釈してもらいたいと思っている。この映画は観た人によって違う解釈ができるように意図されている」
とアレックス・ガーランド監督がおっしゃっているので、以下わたしが観た『MEN 同じ顔の男たち』の感想です。


お と こ は ク ソ !!!!!


うそうそ!じょうだんじょうだん!帰らないで! もうちょっと続くからブラウザ閉じないで!
主人公・ハーパーが夫・ジェームズの飛び降りを目撃してしまうところから始まる本作。
離婚を求めるハーパーと拒絶するジェームズの間は言い争いが絶えず、だからこそやはり一緒にいるべきではないと諭すハーパーに対し、ジェームズは「オレを捨てるんなら死んでやる!」とすごくイヤなタイプの脅しをかける日々。
で、ある日ハーパーが親友に「夫がこわい」と愚痴メッセージを送っていたのを見つけたジェームズは、「オレのなにがこわいんだよ!」とハーパーの顔面に拳をめりこませます。
ふっとばされるハーパー。 殴ってしまったショックに落ち込むジェームズ。
ハーパーは烈火のごとくジェームズをなじり、家から追い出すのですが、なにを思ったか上の階のベランダからの侵入をはかったらしき夫がそのまま目の前を転落してゆくさまを目の当たりにしてしまうわけですね。
もうこの時点でクソ要素しかない地獄絵図。
死をほのめかして相手を支配しようとするクソさ、殴っておいて傷ついたみたいな被害者づらするクソさ、自分が相手に圧をかけ恐怖させていることに無自覚であるというクソさ、そしてアクロバット帰宅をかまそうとするクソさ、極めつけは死の瞬間を見せつけ罪悪感を背負わせるというクソさ。
最後のに関しては、計算して見せつけられるものでもないので、偶然なのかもしれませんが、普段から「死ぬことで一生忘れられなくさせてやる」みたいなことをいうような人ですから本人的には万々歳でしょうね。はいクソー!

トラウマを刻み込まれたハーパーは、心を癒すため、念願だったお高めのカントリーハウスで2週間のバカンスを過ごすそうとするのですが、最初こそ「田舎さいこう!大自然さいこう!由緒あるお屋敷さいこう!」とリフレッシュ方面へむかっていたものの、わりと早い段階から不穏な空気に振り回され始めてしまうのですよね。
それもそのはず、田舎で彼女を待ち受けていたのは、古今東西あいもかわらずクソな男たちのクソ態度だったから。

ものごしこそ穏やかなものの、一定の距離を保とうとするハーパーに「なんで予約が“夫人”なのにひとりなの?なんで?ねえなんで?」みたいな立ち入り方をする大家さん。
全裸でうろつく不審者。
セクハラがひどい警官。
モラハラがひどい聖職者。
クソみたいなガキ。
ぶしつけな視線をむけてくるパブの客。
「女」というだけで、どうして男をたてる控えめさを持っていなければならないのか。
「女」というだけで、どうして性的なものを求められなければならないのか。
「女」というだけで、どうして母性のようなものを与えてやらなければならないのか。
「女」というだけで、「おんな」というだけで。
これらの「男」たちは、すべて同じ役者さんによって演じられており、タイトルはその状態をあらわすものですが、実は劇中それに関して触れられるシーンはありません。
観ている我々にとってだけ、男たちの顔は同じであるというこの演出は、ハーパーがどのような過去をへて、どのような感情を男に抱いているかを大いに想像させて非常に興味深かったです。
同じ役者さんとはいっても、メイクや特殊効果でひとりづつ微妙に変えてあるので、「同じようにみえる」効果が最大限なのもよかったですね。
いやぁ、いい意味でうんざりするなぁ!!

夫につけられた心の傷を、田舎の男たちにえぐられ、次から次へと繰り出される加害に神経をすり減らしてゆくハーパー。
殴ってきた夫を追い出したように、彼女はただやられるだけの女ではなかったので、ひとりから攻撃されるごとに反撃してはいくのですが、なにせ同じ顔の男がなんぼでもわいてくるのできりがありません。
逃げる手段も奪われ、万事休す。
と、その時、男たちはついに真実の姿を彼女にさらけだすのでした・・・!

いやぁ、すごかった!
本作はR15+指定をうけているのですが、わたしのなかの映倫が「レイティングとはなんぞや・・・」と遠くを見つめてしまう程のクライマックス。
そこに至るまでも、なんどかスクリーンの後方付近から男性のうめき声や困惑のひそひそ声が聞こえてはきていたのですが、この最終局面で何人かのお客さんの姿が消え、そのまま戻ってきませんでした。
わかる!あなたたちの気持ちはわかる!
これがR15+でイケるんなら『屋敷女ノーカット版』もR15+でええよな!

ハーパーをしつこく追い回していた男の顔が植物に覆われ、急激に膨れた腹から同じ顔の男が産まれる。
産まれた男はかぼそく泣き、また腹を膨らませ同じ顔のあらたな男を産む。
その男がまた同じ顔の男を、次の男も同じ顔の男を、股の裂け目から腹の裂け目から背中の裂け目から口の中から。
途切れなく続く「男」の誕生に、最初こそ慄いていたハーパーもあきれ顔です。
そりゃそうですよ。 
いちいちハーパーに泣きついてきて、ハーパーにすがりついてきて、構ってくれといわんばかりに被害者めいた視線を送ってくるんですからね。
しんどいわ。 っていうかしつこいわ。 
わたしでも怖さ通り越して「もうええわ」ってなるわ。

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(男たちのねちっこく、恩着せがましく、無遠慮で、パーソナルスペースという概念無視なふるまいに「もうええわ」がとまらない・・・!)

「めんどくせえな・・・ いっそ殺るか・・・」とハーパーが斧を手にとった瞬間、あらたに産まれた男ははじめて別の顔であらわれました。
そう、アクロバティック帰宅の夫です。
ここで夫が登場するという表現、わたしはここでやっとハーパーの心に蓋をしていた「罪悪感」という重しがずれ始めたのかなぁと思いました。
人間の動体視力では落下する人間と目を合わせることなどできない、にも関わらず目が合ったと信じ込み罪の意識にさいなまれ続けていたハーパー。
「おまえがオレたちをこうさせたんだ」という激重感情を押しつけてくる「男」たちが逆に彼女を吹っ切れさせ、夫と対峙する準備を整えてくれた。皮肉なものです。
いや、準備していたのはハーパー自身だったのかもしれません。
亡くなった時の夫と同じように身体を損傷させた男たちを、なんどもなんども葬る。
「おまえがオレたちをこうさせたんだ」につきつけたノーという答え。
最後にやっとあわられた夫に「なにがほしいの?」と聞くハーパー。
「愛だよ」と答える夫。
「そうよね」とつぶやきながら、手に握った斧の刃先をもてあそぶ。
そうよね、なんですよね。 知ってた。 でも無理だった。 どだい無理な話だった。 応えられない要求だった。

翌日、深夜のSOSにかけつけた親友がカントリーハウスの庭園で目にしたのは、憑き物が落ちたように晴れやかで穏やかな表情を浮かべるハーパー。
彼女が切り捨てたのは、理不尽に背負わされた罪悪感であり、長年押しつけられてきた「女性性」なのでしょうか。
それともこの町に住む「誰か」なのでしょうか。
破損した車や床についた血糊が、この一夜が決して彼女の妄想ではなく、実際になにがしかの凶行が行われたことを示してしまっていますが、まあ、なんつうか、もし最悪2、3人やっちゃってたとしても正当防衛になるといいですね!!


- 余談 -

・ たったひとりの警察官を除き、女性がまったくいない町でしたが、きっとね、本当にいないわけではないと思うんですよね。 ただ、それ以外は徹底的に同じ顔の男しかでてこないというのは、ハーパーがそう感じているということなのかなぁ、と。 もしかしたら離婚でもめている間、彼女を失望させるようなことをした女性がいて、そのせいで同性にすら期待を抱けなくなっているのかもしれない。 だから女性がいたとしても視界に入ってこない。 精神的に追い込まれたことで、この世はクソな男ばっかりだという認識になっているのかと思うと非常に気の毒ですし、これはやはりリフレッシュが必要ですね。

・ 本作を観て、知っているようでほとんど知らなかった「禁断の果実(りんご)」について調べていたのですが、「わるいへびにそそのかされてイブが食べちゃった知恵の実」というのはそうなんですけども、そもそもエデンの園の中心には二本の重要な木があって、そのうちのひとつがこの知恵の実がついている「善悪を知る木」で、もうひとつがその実を食べると永遠に生き続けられる「命の木」なのだそうです。

・ アダムとイブをつくった神さまは、「善悪を知る木」の実を食べると絶対死ぬ仕組みだから、とその実を食べることを禁じていたのですが、まあご存じの通りふたりが食べちゃって、知恵をつけちゃうわけですね。 神さま、「人間ごときが神と同等の知恵をつけるとはなにごとだ・・・」っていう飼い犬に手を噛まれた的なアレな気持ちを抑えつつ、「これでもう死ぬ運命になっちゃったじゃん・・・せっかく何不自由なく暮らせる園に住まわせてやってんのに・・・」というより一層ウエメセなアレを決め込んできていとおかしいです。

・ ただしかし、ひとつ解せないことがありまして、ふたりが楽園から追い出されたのは、知恵をつけちゃったからではなく「命の木」の実まで食べて不死身になったら困るという理由かららしいんですけど、あれ?「善悪を知る木」の実を食べると絶対に死ぬ設定どこ行った? 神さま頭にきすぎて設定ガバガバになってもうた?

・ 知恵をつけた人間がもしも永遠の命を身につけてしまったら。 神さまのようにちゃんとしていない、おろかさに定評のある人間のことですから、彼ら独自の善悪のものさしで命をはかるようになってしまうだろう。 そんな危険なことがあるものか。 だからもう、いっぺん知恵をつけちゃった人間は、いつか必ず死ぬようにしよう。 それで毎回善悪の価値観をリセットできるようにしよう。 神さま、そう思ったのかもしれない。

・ 結果、たしかに人間の命は有限だ。 どんな邪悪な価値観を持っているものも、いつか必ず死ぬ。 その点は、神さまの思惑通りだったかもしれません。 しかし、人間は死ぬけれど、次に生まれてくる人間も価値観的には大差なかったりするんですよね。 不思議なことに。 だから人間は、同じ人間ではないはずなのに、なんどもなんども生まれてきては、なんどもなんども同じ過ちを繰り返す。

・ ある意味、「命の木」の実は食べなかったけれど「人間」の本質は永遠に続いてゆくのかもしれないし、そう思うと本作の「同じ顔で産まれてくる男たち」の姿は実にパンチが効いていてよかったです。


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