■違うから! 喧嘩を売ってるんじゃないから!売られたから買ってみただけだから!
どうもこんにちは。
幣「すきなものだけでいいです」を細々と書き綴っております、アガサです。
本当はこんな、泥沼にダイブするような記事は書きたくなかったのですが、最初で最後と思って載せる事にしました。
(※とてもお見苦しい内容ですので、めんどくさいのキライ!という方はスルーして下さいませ)
単刀直入に言いますが、実は以前からうちのブログの感想を盗用している不逞の輩がおりまして。
疑惑のブログ (←絶賛炎上中)
疑惑のレビューサイト
ねー、こんな素人ブログの文章持って行って、一体なにを得るところがあると言うのかさっぱりわからないのですがねー。
で、しばらくは静観していたのですが、その方のブログで結構な騒ぎが持ち上がっていまして、どうやら文章を持って行かれていたのは、うちだけではなかったのですね。
ま、ちょっと考えればさもありなんという感じなのですが。┐(´-`)┌ ヤレヤレ
私は所詮、趣味で、好きな映画の感想を書いているだけです。
突っ込みどころが多ければ多いほど燃えたりもします。
ただ、不真面目で適当な感想ですが、その映画を観て素直に思った事、感じた事を、誰かに伝えたくてアレコレ頭を捻りながら書いているつもりです。
そんなこんなで、今まで抗議記事を見送ってきた私が、その方の行為に対してどうにもならない程カチンと来たのは、以下の2点。
● うちに「パクってます」と、堂々とコメントを書き込んでいるにも関わらず、それを突っ込んだ私に対して「いや、パクってないよ」としらを切った。
● うちのあらすじをほぼ丸パクリして載せているにも関わらず、「意味がわかりづらい適当なあらすじ(笑)」みたいな事を書き添えている。
その「判りづらいあらすじ」は、わしが書いとんねん!
悪かったな!適当で!!ヾ(゚Д゚*)ノ゙ ドリャアアアア
と言う訳で、辛抱たまらなくなったのと、明らかに喧嘩を売られているようなので、思い切って買う事にしました。
補足しておくと、先述のとおり、盗用(引用?)されているのはうちだけではありません。
素人ブログがどの程度持って行かれてるのかはわかりませんが、岡本太陽さんというプロのライターさんが書かれている「米映画批評」様からは、間違いなく持って行かれてました。(※ターミネーター4)
それと、勿論、私が書いた感想を全作使用されている訳ではありません。
持ち逃げされた感想も、全文丸コピペな訳ではではありません。
ちょこちょこ語尾を変え、言い回しを変え、間にオリジナルの文言も挟みつつ、実に姑息に使用されています。
これらを踏まえて、一体どこまで
「あやまれ!
と追求していいものか、正直よくわからなかったりもするのですが、とにかく私がその方に望んでいるのはただ一つ。
「パクってしまってすみません」
と、自分(その方)を擁護してくれている仲間うちに向けて謝って頂きたい。
で、もう2度と、色んなトコから文章を持ってくるのはやめて頂きたい。
それだけです。 ・・あ、2つだった。 ま、いいや。
とまぁ、色々書いたのですが、実はこの方、結構なガチなアレみたいなので、きっとどこまで行っても認めないし、謝りもしないし、どうのこうのと意味不明な申し立てをされるのでしょう。
アレってこわいよね〜。
みんなも気をつけよう!
では最後に、沢山ある盗用(引用)作の中から 『復讐者に憐れみを』 の一部分を抜粋して比較したものを載せて、この件はおしまいにしようと思います。
ホント、間違いなく泥沼になりますから。
下記の内容をご覧頂いて、この方が盗用しているかどうか、みなさんで判断してみて下さい。
※ 黒文字が私の元文章で、紫文字がアレな方の文章です。 ※ (引用元・・・yahoo!映画レビュー)
かけがえの無い存在を喪ってしまった人間は、こうも残酷になれるものなのか? と、自問自答しながらの約2時間。
怒りに任せて、一人の命を奪ってしまったら、その先の複数人の命は軽くなる一方なのか?
かけがえの無い存在を喪ってしまった人間というものは、こうも残酷になれるものでしょうか。
怒りに任せて、一人の命を奪ってしまったらその先の人間達の命は軽くなる一方なのでしょうか。
大いに仕返しする事が認められていない代わりに、法律と言うもので、偉い裁判官と言う人たちが、憎き犯人に罰を与えてくれるのですが、その罰が実に不公平な与えられ方をしている様な気がしてなりません。
罪を犯した者に仕返しを認められていない代わりに、僕らの世界で絶対的な権力である“法”の名の下、裁判官の権限で罪ある者を裁いています。彼らは何を持って罪ある者を裁く事が許されるのでしょうか。
それは時に公平であったり、時には不公平であったりします。
「人を一人殺したくらいでは大した罪にならない」 というとんでもない理屈が、常識としてまかり通る世の中。
人一人の命はそんなに軽くない。
だから人を殺してはいけないのです。
そんな事も判らないようなアホに、もしも愛する人を殺されてしまったりしたら・・・。
尚且つ「被害者は一人で前科も無いので・・・」とか言われてしまったら・・・。
人を一人殺したくらいでは大きな罪にはならない。このような理屈が今の世の中に蔓延してしまってる。
人の命は軽くはない。
人を殺してはいけない。
そんな事も判らないようなバカに、もし愛する人が殺されてしまったりしたら、
また「被害者は一人だけで、罪を犯した者は前科も無いから罪は軽減されるのだ」とか言われてしまったら・・・。
いくら愛する人を不条理な方法で亡くしたからと言って、誰でもが即刻「復讐してやろう」という計り知れない負のパワーを持つとは思えませんし、怒りや悲しみを乗り越え、時には憐れな犯人にすら釈明の場を与えて、強く生きて行こうという人も多いでしょう。
愛する人をどんな不条理な方法で亡くしたから殺されたからと言って、誰もが復讐心を持つとは一概に言えません。怒りや悲しみを乗り越え、時には憐れな犯人にすら同情し釈明の場を与えて、これから前向きに頑張って強く生きていこう、っていう人もいる。
いや、そうせざるを得ないのかもしれませんが。
しかし、フツフツと湧き上がる感情のベクトルを間違えて、復讐心に取り憑かれたからといって、それを責める事など出来ないのではないでしょうか。
私は、もしも愛する人をどっかのキチガイに殺される様な事があったら、迷う事無く復讐します。
当然の権利として、それを行使します。
そしてもしも、その相手の身内に復讐されたとしても、それは潔く受け入れるつもりです。
でもその感情があまりにも強く復讐の罪というものに、苛まされたからとりつかれたからと言って、なんびともそれを責める権利は無いのではないでしょうか。
僕がもしも愛する人を殺されてしまったりしたら、それが如何なる理由があるにしろそいつのことを復讐します。
人間の権利として、僕は復讐をする。
そしてもしもその相手の身内に僕が復讐されたとしても、それは潔く受け入れるつもりです。
「人を殺す」って、そういう事だと思いませんか。
それくらい重いものだと、それくらいやってはいけない事だと思いませんか。
「人を殺す」とはそういう事だと思いませんか?
それくらい重いものだし、絶対やってはいけない事。
本作のラストでは、まさにこういう事が映像で表現されていました。
人が人を殺し、怒りや哀しみで我を失った人が復讐し、その残された人がさらに復讐をし・・・。
負の感情の連鎖になんて終わりは無い、だから人はそれを始めないように生きないといけない。
今作のラストではまさにこのような人が人を殺し、怒りや哀しみで我を失った人が復讐し、その残された人がさらに復讐するという負の連鎖が表現されてました。
以上です編集長!
ドッと疲れました!
いやぁ〜! アレはホントこわいわ〜((((;゚д゚))))
♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →
■『モーテル』

★★★☆
内容にピッタリな邦題 『地獄のモーテル』 は、権利の関係上使用出来なかったそうです。 と、思います。 たぶん。 じぇねえの?
あらすじ・・・
えー、客商売というのは、なかなか苦労の尽きないものでして。
「もっと凄いのを」「もっとエゲつないのを」と、日々高まる要望に応えつつ、一定のクオリティを保つのは並大抵の努力ではないのでございます。
かくいう私も、ちょっとした映像業を営んでおりまして、撮影のスムーズな進行の為に様々な創意工夫を凝らしております。
中でも、客室への侵入の為の地下トンネルを掘った時。
アレは本当に大変でしたな。
なにせ、途中にはネズミの巣。
穴を掘り進めるのも一苦労でして、まぁ、ネズミなだけに要チュー意なんてな!
ダメだこりゃ!
では本編行ってみよう!
「もしも田舎のモーテルが、スナッフフィルム製作会社の隠れ蓑だったら」
最近あらすじが短いとお嘆きのあなたもどうぞ一押し!
ホラー映画はですね、怖くないんですよ。
勿論スプラッター映画も怖くなんてない。
何故なら、そこに描かれているのは常に作り物の恐怖であり、ホッケーマスクを被った殺人鬼も、チェーンソーを振り回す豊満バディの童貞男も、実際には存在しないのです。
恐怖と言うのは、何気ない日常の中にこそ宿り、発色のいい血糊や完成度の高い臓物が引き出すのは、恐怖ではなく嫌悪。
すなわち
「やだもう!さいてい!こんなの見せるなんて、純くんのいじわる!(ポカポカ)」
「ハッハッハ! 父さん、れいちゃんは超怖がりな訳で!」
みたいな乳繰り合いへと、ナウでヤングなカップルを発展させるが為に、ホラー映画は存在しているのですていうかなんで『北の国から』やねん。
では、その「日常に宿る恐怖」とは何かというと、言うまでも無いのですが実に単純な事柄なのですよね。
例えば、死角になって見えない、半開きのドアの向こう側。
誰も居ないはずの部屋から聞こえる「ギシッ・・」という物音。
一人で寝ている時に聞こえる、ドアのノック音。
窓に一瞬映りこむ、何者かの影。
“幽霊の正体見たり枯れ尾花” という慣用句もあるように、原因がわかってみればホントにしょうもない事が多いのですが、常に私達の心臓に見えない糸を張り捲らせ、何かの拍子にキュっと絞り上げる、些細な恐怖の数々。
本作が各方面で概ね高評価を得ているのは、そのちっちゃい恐怖の再現に成功しているから。
もうねぇ、ホントに怖いです。
見えそうで見えないドアの向こう。
その向こうに居そうで居ない覆面男。
割れそうで割れない窓ガラス。
繋がりそうで繋がらない電話。
逃げられそうで逃げられない主人公。
取れそうで取れない拳銃。
怪しそうでやっぱり怪しかったモーテルのオーナー。
って怪しいのかよ!
でも、そんな素直なお前もキライじゃないぜ!(←誰なんだよ)
もう少し頑張れば、機転を利かせれば助かりそうな状況で、ホラーにありがちな凡ミスを繰り返す主人公カップル。
携帯を落としたり、車を有効活用しなかったり、目の前にあるライフルをスルーしたり、とどめを刺さなかったり・・・。
そりゃもうイライラします。
たとえそれが、奴らの思う壺だったとしても・・・。
そして、お約束の如く、ついたり消えたりする懐中電灯。
もうさぁ、いい加減アメリカのみんなは、日ごろから懐中電灯のケアをしとくべきだよね。
絶対肝心な時に消えかけるんだからさ!
まったく! 大雑把なアメ公どもだぜ!
なんて思いながら、一応うちの懐中電灯をチェックしてみたら、見事に電池が切れてました。
合衆国在住の皆様には、本当にすまなかったと思ってる。
そんなアガサの地道な裏づけ捜査からも、本作のリアリズムへの真摯な姿勢は明らかな訳ですが、一番リアルさを感じたのは、実は主人公カップル(夫婦)の性格づけだったりします。
不慮の事故から一人息子を亡くし、深く大きな溝が出来てしまった2人。
妻はひたすら、目を離してしまった自分を責め、夫はそんな妻とやり直したいけれど上手に気持ちを伝えることが出来ない。
そんなこんなで離婚秒読み状態な2人が、とんでもないキチガイおやじが待ち受けるモーテルにご宿泊の運びとなってしまうのですが、まずそこに至るまでにも超リアルな丁々発止が繰り広げられる。
眠いのに素直に「眠いんだよね〜」と言わない夫。
道も判らないのに「多分こっち」とばかりにわき道に入り込む夫。
車がヤバそうな状態なのに「もしかしたらヤバイかも」とは口が裂けても言わない夫。
そんな夫に対し、「だからアタシは最初からあっちの道の方がいいと思ったのに」
「だからアタシは最初からどこかで休憩すればいいと思ったのに」
「だからアタシは何回も運転変わってあげようと思ったのに」
と、壮絶な“そもそも論”を展開する妻。
もう、見事なほどに、
プライドが高く、常に主導権を握ろうとする男と、
自分は客観的にモノを見ているとばかりに、何かと冷ややかな態度をとる女。
と、言う男と女の習性を表していますよね。
マーク・L・スミス・・・ 怖い子・・・!(※脚本家)
そして、こんな2人が地獄のようなモーテルで、恐怖のどん底に叩き込まれた時、果たしてどんなへ変化が生まれるのか・・・。
と思ったら、男は主導権を握り、女は震えて泣き濡れるのである。
あんま変わんないのかよ。
ホントねぇ、空気なんですよね、嫁が。
メソメソベソベソしてやがんの。
もっぱら旦那さんが「うーやーたー!」って活躍して、その後ろをモタモタしていってるだけでやんの。しかも泣きながら。
ああ、物足りないね!
全く以って物足りない!!
ホラーにおけるヒロインが、こんな不出来な嫁でいいのでしょうか?
むしろ張り切りすぎた旦那が早々に深手を負い、それに変わって一気に表舞台に躍り出るのが、ホラーの嫁たる者の役割なのではないでしょうか?
それがなに? 「あたしを置いていかないで〜」?
ヌルい事言ってんじゃねえぞゴルア!!ヾ(*`Д´*)ノ
自分がなんでこんなに怒っているのかよくわかりませんが、とにかく本作の嫁は最後の最後になるまでほぼ空気です。
ようやくクライマックスでやっこらせと立ち上がりますが、それも「やむを得ず」的なニュアンス。
ただ、それこそが究極のリアリズムなのではないでしょうか。
ガチでコアなキチガイに包囲されて、水を得た魚の如く奮い立つ嫁なんて・・・無い無い!そんなの!
ごめん!マジでごめん! じぶんも泣いていいですか?
と言う訳で、心にも無い泣き言をいいながら(無いのかよ)、なんとか上手いこと纏めようと頑張っているのですが、要するにとても心地よい緊張感に溢れた、心臓によくない良作ホラーですので、夫婦生活にマンネリズムを感じ始めたお二人にお薦めの一品なのではないでしょうか。
「あー、おれらも手に手を取り合って頑張らないとなー」、なんて、奥さんとネンゴロになるチャンスですよ! そこのご主人!
え、夫婦じゃない?
じゃカップルでご覧になると言うのもアリかも・・・ え?カップルでもない? マジで?!
でも大丈夫。 アガサも一人ぼっちでクッションを抱えて観ましたから!
むしろ、クッションが相方?みたいな?
ううん、ううん、全然寂しくないし! あー愉快!ヒャッホー!!
・・・
・・
・・・じぶんも泣いていいですか?
あと、これは余談なのですが、実際にありそうな恐怖と小汚いモーテルの部屋を見事に再現してくれた本作を観ていると、アメリカってマジでこんな場所ばっかなんじゃないの?と思わざるを得ませんね。
ヒッチハイカーはキチガイで、田舎のガソリンスタンドの店員もキチガイで、僻地のモーテルの支配人もキチガイ。
旅行者泣かせの国、アメリカ。
こわいよアメリカ。
これはねぇ、そろそろここらで心温まるほのぼのモーテル物語とかを作ってリリースしとかないと。
オスカー5部門制覇!みたいなハッピーなやつを。
でないと、「日本には未だにニンジャがいる」と外国から思われてるみたいに、アメリカも「アメリカの田舎は殺人鬼の巣窟だ」と認識されかねませんよ。
ちなみに、そんな危機感を抱いて我らが日本が海外向けに製作したのが、ジャパニーズなスピリチュアルに溢れた 『GOEMON』 だそうです。 よし!ぶち壊し成功!
(※うそです。GOEMONさいこう。←棒読み)
と言う訳で、機会がありましたら 『GOEMON』 とあわせてご覧頂ければと思います。
♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →

